姫路市南部の小学校。津波から避難した人々に緊急放送が流れる。「すぐに北へ逃げてください」。沿岸部のコンビナートが液状化で傾き、LPG(液化石油ガス)タンクでガス漏れが起きたのだ。数万人が避難する中、余震で火花が引火する。爆発音とともに、ファイアボール(火の玉)が地上数百メートルに達し、放射熱が広がる。爆風は数キロ先の窓ガラスを割る
大量の石油や高圧ガスを扱う「石油コンビナート等特別防災区域」は、兵庫県内に東播磨、赤穂など4カ所ある。
このうち「姫路臨海地区」(約1900万平方メートル)は、危険物屋外タンク273基▽LNG(天然ガス)タンク15基▽LPGタンク27基-。県内最大の危険物集積地だ。
地区内には住民430人が暮らす。内閣府の津波想定は最大3メートルとされ、大部分は浸水想定区域外だが、沿岸部の危険は津波だけではない。
18年前、神戸市東灘区で起きたLPGタンクのガス漏れでは、避難勧告が半径2キロを目安として、約7万人に出された。東日本大震災では、千葉県市原市のコンビナートが爆発。周辺に住民はいなかったが、3・9キロ離れた住宅の窓ガラスが破損した。
「大爆発は、濃度や気温、風向きの影響を受けるため、被害エリアの想定は困難だ」と兵庫県消防課の田下益巳危険物係長。
内閣府が昨年夏に公表した液状化予測マップで、県内のコンビナート群は真っ赤に染まる。軟弱地盤に立つタンクは長く続く揺れに弱い。
姫路臨海地区の各事業所は自衛消防隊をつくり、大型放水車3台、泡でガスの気化を防ぐ「高発泡」約14万リットルを備える。だが、燃え広がれば到底足りない。姫路市の消防車26台は、震度6強で倒壊した民家の同時多発火災に追われている。
幅4キロに1日800隻が航行する明石海峡。日本一の混雑海域をLNGなど危険物を載せた大型船が行き交う。「沖へ避難を」。地震発生直後、第5管区海上保安本部(神戸市)の無線連絡で、湾内の船舶が一斉に沖合を目指す。だが、巨大船が向きを変えて離岸するまでに1時間はかかる。そこに4メートルの津波が押し寄せる
神戸港への第1波襲来は約1時間半後。播磨灘は約2時間後。海上にはコンビナートから流出した油が浮いているかもしれない。「船の衝突などで引火爆発はあり得るが、現段階で効果的な対策はない」と5管の片山敬義専門官。和歌山、高知県など最大被災エリアを管轄する5管の52隻は沖合に避難する規則で、津波が収まるまでの4~5時間は活動できない。救助はヘリコプターに頼るしかない。
船は離岸後、津波に対し、真正面に向いて転覆を防ぐ。だが、何度も押し寄せる津波は狭い湾内で乱反射し、潮流は目まぐるしく変わる。
宮城県の気仙沼港では、停泊していた47隻(20トン以上)のうち17隻が陸に打ち上げられた。20トン未満の小型船の被災は千隻以上に上る。
関西学院大学の室崎益輝教授(防災計画学)は警鐘を鳴らす。「数メートルの津波なら浮力が足りず、タンカーは重く、喫水も深いため流されない。陸地への被害を抑えるには、中小型船を優先して沖へ逃がすべきだ」
だが、船の避難ルールはまだ確立されていない。
(安藤文暁、木村信行)
2013/1/23