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(3)映画監督・作家 森 達也 日本社会の転換点だった
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大学の授業でメディア論を教える森達也さん。自分で考えることの大切さを学生に伝える=東京都千代田区神田駿河台1、明治大学
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大学の授業でメディア論を教える森達也さん。自分で考えることの大切さを学生に伝える=東京都千代田区神田駿河台1、明治大学

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 1995年は日本社会の大きな転換点だった。阪神・淡路大震災、オウム真理教による地下鉄サリン事件が引き金となり、不安と恐怖が広がった。漠然とした危機意識を媒介に、人々の「集団化」が加速し、今の日本に充満する息苦しさにまでつながっている。

 震災当日は、テレビ番組の取材でドイツにいた。帰国後はオウム真理教の取材に奔走した。事件の渦中にいた信者の日常に密着し、ドキュメンタリー映画「A」「A2」を制作した。

 天災ゆえに誰も恨むことができない阪神・淡路は、私たちに強烈な無常感をもたらした。やり場のない怒りや憤りが、地下鉄サリン事件以降、一気にオウムに向かったように見えた。信者の転入届の受理を自治体が公然と拒むなど、オウムへの憎悪はすさまじく、取材で信者の近くにいた私には奇異に映るほどだった。

 集団化した人間は思考が停止し、暴走するリスクを常に抱える。阪神・淡路と一連のオウム事件によって、日本社会にはその回路ができてしまった。

 私たちは本来、もっと冷静に生きられるはずだ。東日本大震災直後は、多くの人が自分自身に向き合い、生きている意味を深く自問した。だが、「絆」という言葉の氾濫が示すように、今はまた集団化へと突き進んでいる。

(聞き手・黒川裕生)

    ◇    ◇

 1995年1月17日、自身の体験は。

 当時はテレビ制作会社のディレクターだった。取材でドイツ・ベルリンに滞在中、日本のプロデューサーからホテルに電話があり、「大変なことが起きた」と聞かされた。だが、相手はパニック状態で要領を得なかった。

 翌日、現地スタッフが新聞を持ってきて「お前の国は大丈夫か」と。壊滅状態の神戸の空撮写真に驚いた。ただ、帰国後は映像の編集作業に追われ、阪神・淡路大震災と関わることはほとんどなかった。

 3月の地下鉄サリン事件以降、オウム真理教を長期取材。メディアとして唯一、教団の施設に入り、事件に揺れる信者や教団を取り巻く社会の姿を撮影した。

 教団の内側にいると、阪神・淡路で日本社会に生まれた怒りや憤りが、オウムという格好の標的に一気に向かっていくのを強く感じた。警察が信者を別件逮捕した際、現場に居合わせた市民が拍手喝采していた姿などはその最たる例だ。

 多くの人が漠然とした不安と恐怖にのまれて集団化し、「異物」を排除する動きが加速した。

 「集団化」をキーワードに、今の社会の空気を読み解いてきた。

 人は群れる生き物だ。そして、群れは同調圧力の下で思考停止し、外部に仮想敵を求めて暴走しやすい。日本では95年以降、それが顕著になった。街頭の監視カメラの増加、今のヘイトスピーチ(憎悪表現)問題、憲法改正論議などもその延長にある。2001年に同時多発テロが起きた米国で、愛国者法が制定された状況も、日本と似ている。

 東日本大震災後は、どうなのだろうか。

 震災直後、「なぜ自分は生きているのか」「なぜ原発の問題を真剣に考えてこなかったのか」と誰もが後ろめたさを覚え、内省的になった。95年以降、阪神・淡路の被災地の外では、地下鉄サリン事件で多くの人がきちんと向き合わないままにしてきた自問だ。

 個人の内省は、集団化とは逆の流れを生む。だが「後ろめたさ」を抱え続けることはしんどい。答えがない問題を考え続けるより、皆で一つになった方が楽。そして、社会は集団化の方向に逆戻りしていった。

 来年で発生から20年となる阪神・淡路の意味を、再度問いたい。

 震災3年後、「A」の公開に合わせて関西を訪れた時、若い新聞記者から「オウムが憎い。震災のニュースを吹き飛ばした」と言われた。今思えば僕自身、オウムを撮りながら、阪神・淡路がかすんでいく葛藤をどこかで感じていた。

 あれほどの悲劇は断じて忘れてはいけないし、日本にとって大きな転換点の一つだ。あの時何が起き、何が変わったのか。メディアは20年、30年としつこく震災を伝えることで、社会を揺さぶり続け、一人一人が考えるきっかけを生み出してほしい。

 記事・黒川裕生 写真・西岡 正

 もり・たつや 1956年、広島県出身。オウム真理教を追ったドキュメンタリー映画「A」(98年)、「A2」(2000年)が国内外で注目される。社会時評などの著書多数。12年から明治大学特任教授。千葉県在住。

2014/6/15
 

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