東日本大震災で壊滅的な被害を受けた宮城県女川町。津波の破壊力で、複数の鉄筋コンクリート建物が横倒しになった。
解体を望む声もあったが、一昨年、地元の女川中学校の生徒が「千年後の命を守るために残してほしい」と町長に申し入れた。津波の力を示す遺構として「学術的に貴重」という専門家の声もあった。昨年、同町は倒れた建物の一つ、旧女川交番の保存を決めた。
自宅と店舗を失い、仮設商店街で雑貨店を営む島貫洋子(58)は「本当は見たくない」と話す。ただ、約1万人いた同町の人口は激減し、半数の約5千人といわれる。
島貫は全国から訪れる人々に「倒れた建物で津波の恐ろしさが分かった」と言われ、考える。「観光資源にできれば、人が戻ってくるのでは」
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被災地の観光地化。反発する声も多いが、追手門学院大学(大阪府茨木市)准教授の井出明(46)=観光学=は「ダークツーリズム」として積極的に捉える。
災害や戦争など人類の悲しみの跡地を巡る。福島県の研究者らと、東京電力福島第1原発を活用する計画も提唱する。
井出は、スマトラ沖地震(2004年)の津波で壊滅したインドネシアの街、バンダアチェの復興を一例に挙げる。建物の上に乗り上げた船などを残し、教訓の継承と観光の活性化を進める。
阪神・淡路大震災の被災地でも、目を凝らせば“資源”はある。
大火に見舞われた神戸市長田区のJR新長田駅南側。街を歩いた井出は、再開発の対象となった大正筋商店街と、古い町並みが残る六間道商店街の境で足を止め「ここで被害が分かれたことを物語るダークツーリズムポイント」と指摘した。
震災前、周辺には長屋などの古い木造住宅や地場産業のゴム工場が密集し、火災が広がりやすい背景を抱えていた。
「この地域の被災がほかとどう違い、なぜ、そうなったのか。特性を伝えることで、ツーリズムと防災が結び付く」
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もう一つ、井出が長田区で着目するのが、B級グルメや鉄人28号などによる町おこしだ。
「学びとともに、楽しみがないと訪れる人の心がもたない」
企業研修や視察などの団体を案内する「神戸ながたTMO」事務局の新良(しんら)恵子(37)は「両方の要素があるから旅行会社が新長田を推薦してくれる。まず来てもらわないと何も伝えられない」。
神戸市立地域人材支援センター(同市長田区)で修学旅行生らの受け入れを担当する山住勝利(47)も「震災直後なら不快だったが、今は復興や活性化に役立つ方がいいと思える」と話す。
「負の記憶は、経済と結び付かなければ持続しにくい」と井出。犠牲者の供養と残された人の癒やしにもなると信じ、ダークツーリズムを説く。=敬称略=
(松本寿美子、高田康夫)
2014/7/17