動脈硬化で痛む足を引きずり、寺田孝(75)は兵庫県庁に向かった。手には1枚の便箋を握りしめていた。
兵庫県公社殿
本日を以(も)って 自治会を解散致しますので 御報告申し上げます
西尻池自治会一同
9月30日午後。県営西尻池高層住宅(神戸市長田区)自治会副会長の寺田は、県住宅供給公社神戸事務所の仲田未年生(みねお)所長に、解散届を突きつけた。
「何とか押しとどめてほしい」
「もう足がもたん。誰に頼んでもやってくれる人がいない」
「一緒に汗をかかせてもらうから」。2人の間で押し問答になった。寺田はもう2カ月以上、県と同じやりとりを続けてきた。
「とにかく私は今日限りで副会長を降りる」。寺田は我慢しきれなくなったように告げた。同席していた自治会長の早稲田輝男を残し、席を立った。
「これでもう一住民に戻る」。どこかさみしげだった。
何が彼らを追い込んだのか。
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西尻池高層住宅は、阪神・淡路大震災から3年後の1998年、被災者のために造られた復興住宅だ。111世帯129人が暮らし、65歳以上の高齢化率は実に88%。大半が独居という。
9階建てで、緊急通報システムを備えた高齢者向けの部屋が多く、平日の昼間は住民の安否を確認する生活援助員(LSA)2人が常駐する。
自治会役員は、寺田と早稲田のみ。早稲田は仕事があり、多くの業務を寺田が一手に引き受けてきた。
週2回、ごみ出しをチェックする。毎月末、共益費を払わない人の部屋を回り、徴収する。昼夜かまわず寄せられる住民の電話に応じる…。
「(LSAがいない)夜とか土日に限ってやっかいなことが起こる」。認知症の疑いがある男性が下着姿で歩き回っているのを、部屋に戻したこともあった。
住民らの衰えは、問題を深刻化させている。
今年8月半ばの正午前、ケアマネジャーの女性が寺田のもとに駆け込んできた。重い認知症の男性(84)宅を訪れたが、内側からチェーンが掛かり、電話しても応答がないという。
「中で亡くなっているかもしれない」
あわてて駆けつけ、痛む足で通路からベランダの防火壁を乗り越えて入り、無事を確認した。
「頑張ってきたんですけどね。もう、体も心も限界」
つぶやく寺田も、震災で30歳の長女を亡くし、一人暮らす。
◎ ◎
阪神・淡路大震災で家を失った被災者らがたどりつき、3万7千人が暮らす復興公営住宅。震災から20年を迎えようとする今、激しく高齢化が進んだ現場で、何が起こっているのか。
=敬称略=
(上田勇紀)
〈災害復興公営住宅(復興住宅)〉 阪神・淡路大震災後、兵庫県や神戸市など被災自治体は約4万2千戸の復興住宅を被災者に供給。入居10年間は独自の家賃軽減制度が適用された。うち約8千戸を都市再生機構(UR)や民間から借り上げたが、2015年度から順次返還期限を迎えるため、高齢者や障害者など転居困難者への対応が現在、大きな課題となっている。
2014/11/5