いま、坂上久(79)を悩ませるのが、退去期限だ。
神戸市中央区の市営復興住宅「コミュニティ春日野」は「20年問題」を抱えている。
阪神・淡路大震災の被災者向けに、市が民間から20年の期限付きで借り上げた住宅の一つ。春日野の期限は2018年12月16日。残り4年1カ月に迫る。
「誰も分かってないよ、こんなややこしい話。理解できん」
坂上が言うのは、借り上げをめぐる神戸市の説明だ。
市は昨年3月、借り上げ住宅でも、退去期限時に85歳以上▽重度障害者▽要介護度3以上-のいずれかがいる世帯は、続けて入居できるとの方針を発表した。当てはまらなくても、住み替え先を予約すれば、空室が出るまで最長5年の猶予を設ける。
坂上は、春日野の入居者も多くが継続入居できると考えた。
しかし今年8月、神戸市の担当者がやってきて説明した。
「都市再生機構(UR)からの借り上げと違い、民間借り上げは所有者の合意を得る必要がある。春日野はまだ協議中で、所有者が合意しない限り、期限通りに出て行かなければなりません」
借り上げ元がURか民間か。それによって、住み続けられるかどうか違いが生じる。市が打ち出した緩和策も、春日野への適用は不透明だ。
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坂上の心配は当たっていた。
1人暮らしの松山サヨノ(87)は、身体障害者2級。入居期限には91歳。重度障害者でもある。
「ケアマネジャーが『松山さんは85歳以上やから大丈夫』って言ってた。だから、おれるはずです」。神戸市は文書で通知したというが、認識には違いがあるままだ。
長崎・五島列島出身。家が貧しく、13歳から住み込みで働いた。長崎市内で被爆。1950(昭和25)年、神戸に移り住み、家政婦をしながらわが身を養ってきた。
ようやくのんびりできると思ったころ、震災で灘区の文化住宅が全壊。10時間生き埋めになり、左腕、左足にしびれが残った。
2回目の抽選で仮設住宅から春日野に移った。知り合いは誰もいなかったが、坂上らが開く食事会に参加するうち、友人ができた。一緒に旅行に行ったこともあった。
4年前に脳梗塞を患い、左半身がまひした。デイサービスに行く時には、ソファの坂上と必ずあいさつを交わす。
「出ていかなあかんとなれば、困ります」
苦労を重ね、たどり着いた住まい。また、足元が揺らぐ。=敬称略=
(上田勇紀)
2014/11/11