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 現在放映中のNHK連続テレビ小説「なつぞら」のヒロイン、奥原なつは1937(昭和12)年生まれの戦争孤児という設定だ。「浮浪児狩り」に遭って東京の孤児院に収容されるが、亡き父の戦友に引き取られて北海道で育つ。

 旧厚生省の48年調査によると、戦争孤児は沖縄県を除いて全国12万3千人に上った。兵庫県は広島県に次いで2番目に多く、5970人。神戸大空襲などで親を失い、路上生活をせざるを得なかった子どもも大勢いた。

 当時の神戸新聞はこう報じている。「浮浪児たちは地下道や高架下などをねぐらにして、靴磨き、くず拾い、闇市で『使い』『残飯あさり』をして食いつないだ」。野坂昭如の「火垂(ほた)るの墓」を連想する人も多いだろう。主人公の少年は、孤児になった末に三ノ宮駅構内で衰弱死する。

 戦後、過酷な生き方を強いられたであろう戦争孤児の詳細な記録はほとんど残っていない。差別された体験などから家族にも伏せている人は少なくないという。

 元神戸市職員の白井勝彦さん(74)は、2017年11月に「神戸の戦争孤児の記録を残す会」を結成した。かつての同僚たちと元孤児を訪ね、証言を集めている。

 大学で福祉を学んだ白井さんは、児童相談所を担当するなど仕事でも福祉分野一筋だった。会の活動を取材した際、「当時の子どもたちの人権や福祉が守られたのかを考えるきっかけにしたい」と語っていた。福祉のプロとしての熱意を感じた。

 「私も5歳で孤児になったんですわ」と話してくれたのは、2回目に訪ねた時だ。父親はソ連の収容所で命を落とし、母も病気で亡くなった。子どものいなかった近所の夫婦の養子となり、奨学金とアルバイトで大学を卒業した。

 病弱だった実母は生前、白井さんをおんぶしながら「母さんはあの星だよ」と夜空を指さした。「つらい時は母さんの星に話しかけていました」。福祉の道を選んだのも、会を立ち上げたのも、自身の体験が出発点だったのだ。

 戦後の混乱期とはいえ、孤児たちの保護は後手に回った。敗戦の2年後に児童福祉法ができるまで、犯罪予備軍のように扱われたりもした。残念ながら、社会は孤児にとても冷たかった。

 白井さんたちは証言集をまとめる計画だ。体験を語ってくれる元孤児を探している。

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