代々明石藩主を務めた越前松平家の子孫、彦山靖子さん(57)=静岡市=が神戸新聞社のインタビューに応じた。15代当主である父、松平直晃(なおあき)さんを昨夏亡くした後初めて菩提(ぼだい)寺の長寿院(兵庫県明石市人丸町)を参拝。由緒ある家に生まれたがゆえに抱いた葛藤も交えつつ、「遺志を継ぎ明石の方たちとのつながりを大切にしたい」と語った。(長尾亮太)
1975年、14代当主の松平尚次郎さんが40代で亡くなると、その友人で、妹の夫でもある日高震二さんが婿養子になって家を継ぎ、「松平直晃」と名乗った。靖子さんは当時小学6年生で「それまで母方の家系について知らなかったので、びっくりした」。
直晃さんや母弥栄子さんと一緒に、靖子さんが初めて明石を訪れたのは中学3年生の時。旧明石藩家臣の子孫や歴史愛好家でつくる「明石葵(あおい)会」の人たちに温かく迎えられ、楽しそうに親交する直晃さんの姿を目にして、「父はこういうことをしたかったんだろうな」と感じたという。
靖子さんは妹と2人姉妹だった。社会人になると両親から「婿養子を取って家を継いでくれたら」と伝えられた。靖子さんは、次第にそのことを条件として意識し、結婚について悩むように。だが、「この人と」という自身の気持ちを大切にし、結婚した男性は婿養子とならなかった。
昨年8月に直晃さんが亡くなり、戸籍の上で松平家は途絶えた。「名前を残せなかったのは大変残念」。靖子さんはそう思うとともに、遺志をしっかり継ごうと決意した。がんと闘病していた直晃さんから「松平の名はなくなっても、血はつながっているのだから明石との関わりを続けてほしい」と返す返す言われた。
今年6月27日、靖子さんは越前松平家の初代直良をまつる永観堂(京都市)と長寿院をお参りした。長寿院では葵会の人たちを前に「父のようにうまくできないけれど、会合に出席するなど務めを果たしていきたい」とあいさつした。
明石葵会の杉山治代・会長代行(86)は「直晃さんが亡くなられ、つながりがどうなるか心配していたので、お気持ちを聞けてうれしかった」と笑顔を見せた。
【明石の越前松平家】徳川家康の次男秀康をルーツとする越前松平家の分家で、初代は秀康の六男松平直良(なおよし)。1682年に2代直明(なおあきら)が越前大野から明石へ移された。11代直致(なおむね)は1869年の版籍奉還で知藩事になったが、71年の廃藩置県で罷免されて東京へ移り住んだ。12代直徳は貴族院議員を務めた。
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