告示翌日の16日朝。阪急梅田駅とJR大阪駅をつなぐ歩道橋上に、ヘッドセットを着けた無所属新人の中川暢三(ちょうぞう)(61)の姿があった。
「投票率が低いと、特定の団体から支援を受けた人が知事になる。これじゃあ、兵庫県民のための政治ができなくなるんです」
大阪に通勤する神戸・阪神間のサラリーマンやOLなどを狙ったスポット演説。中川は「県政も選挙戦も、発想の転換が必要」と力を込める。過去の知事選では見られなかった光景だ。
故郷・加西で2期6年の市長経験を持つ中川。参院選、大阪市長選、東京都知事選などへも挑み、今回が9度目の戦いだ。「組織や資金力に依存する今の選挙制度が、有権者の政治参加を妨げている」との持論を展開し、お金をかけない選挙運動を続けるが、常駐スタッフはわずか3人。県内約1万3千カ所のポスター張りでは自らも汗をかくが、大きく後れを取る。
“主戦場”は、ホームページやブログ、会員制交流サイト(SNS)などのネット空間。ユーチューブへの投稿動画は40本を超えた。少人数ゆえの臨機応変、神出鬼没な“ゲリラ戦”に浮揚を懸ける。
【ネット駆使 独自の選挙戦】
電車に乗り込んだ無所属新人の中川暢三(ちょうぞう)(61)は、スマートフォンを取り出すとツイッターを確認、匿名のアカウントから寄せられたメッセージにすかさず「いいね」を押した。移動時間が長ければ、政治理念を書き込み発信する。
阪急西宮北口、阪神西宮、JR尼崎、JR三ノ宮…。有権者の約6割が集中する神戸・阪神間を運動の中心に据え、主要駅に降り立ってはスポット演説を重ねる。同行のスタッフがその様子を撮影、フェイスブックに投稿する-。告示後の中川の日常だ。“奇策”はこれにとどまらない。
動画サイト「ユーチューブ」に開設したCNN(Chozo・Nakagawa・Network)の投稿動画は40本を超える。
長さは1~2分程度だが、知事選公約編▽県庁改革編▽自身の実績編-など多彩な内容。有権者の多くが抱く「なぜ、あちらこちらの選挙に出るのですか」「何度も落選するのは恥ずかしくないのですか」といった疑問にも動画で答える。
「資金も人手もなく、訴えやビラが届く範囲が(他の候補に比べて)劣る分、動画を通じて政策や人柄、兵庫県への思いを広げたい」と中川は狙いを語る。
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「政治のアウトサイダー(門外漢)」「他候補の活動と比べると、アナザー・ストーリー(別の物語)」。中川や陣営からはそんな言葉も漏れるが、こと選挙経験に関しては、5選を目指す現職井戸敏三(71)を超える9回目を数える。
このうち当選歴は2回。2005年から市長を2期6年務めた故郷・加西市は数少ない地盤だ。告示後間もない17日、かつて社長を兼務した第三セクターの北条鉄道を利用して加西入りした中川は、支援者から出迎えを受けた。
市長時代の実績も独創的だ。「民間発想による行政改革」を訴え、副市長(当時は助役)や教育長の全国公募、北条鉄道をPRする「ボランティア駅長」などのアイデアが話題を呼んだ。同時に「独断専行」との批判も招き、市議会による2度の不信任決議で失職。出直し選で再選したが、11年5月の市長選で敗れた。
12年には大阪市長(当時)の橋下徹(47)が公募した区長に手を挙げ、北区長に就任。橋下の行政手腕を間近で見た。「改革への考えは、地下鉄民営化や公募校長制度などを掲げた橋下氏と同じ。むしろ、その理念は私が加西で先取りしてきた」と中川。無所属・無党派を強調するが、橋下が創設した日本維新の会との近さもアピールする。
告示前後、維新幹部の大阪府知事松井一郎(53)や大阪市長吉村洋文(42)が出演する行事に一般参加者として“潜入”。2人に「立候補のあいさつ」をしたことをネットで紹介した。
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「朝鮮学校補助金は不支給」「外国人生活保護は新規は不支給」「拉致被害者を守れず救出できない憲法の改正を国会に求めます」
告示直前、ツイッターに届いた質問に答える形で中川が発信した一文だ。公約にも掲げていない考えの表明だったが、瞬く間にフォロワー(読者)が約千人も増え、陣営を驚かせた。
中川にも読めないネット空間の力学。常道とは異なる戦略で、終盤戦を駆け抜ける。=敬称略=(井上 駿)
=おわり=