パリ五輪で金メダルを獲得し、2連覇を果たした柔道男子66キロ級の阿部一二三(26)=パーク24、神港学園高出身。妹で女子52キロ級の阿部詩(24)=パーク24、夙川学院高出身=は2回戦で敗退したため、2大会連続となる兄妹の金メダルこそ逃したが、詩の分まで奮起してつかんだ栄冠だった。中学生時代から現在に至るまで、地元の神戸新聞記者に語った言葉や、写真などを通して、人として、選手として大きく育ち、世界を舞台に戦うまでの道のりを振り返る。(かっこ内は一部を除き神戸新聞朝刊の掲載日)
■紙面初登場は小学生時代
「阿部一二三」の名前が初めて神戸新聞の紙面に登場したのは2004年8月23日付の「ひょうごスポーツ広場」。兵庫県内各地で開かれた野球やサッカーなどの結果を取り上げるページで、神戸少年柔道大会個人1年の部で2位だったことを伝えた。
「ロンドンの次のオリンピックを狙いたい」(11年8月26日付)
中学2年で出場した全国中学校体育大会(和歌山県)の柔道男子55キロ級決勝で優勢勝ち。既に世界を見据えていた。
「世界で勝ちたい」(12年2月12日付)
有力社会人から少年少女までが各年代の頂点を競う、柔道の兵庫グランプリの県中学選手権で、100キロ近い相手を次々と破って優勝。翌月、ドイツで開かれた初の国際大会に臨み世界一になった。
「将来は柔道家の野村忠宏さんのように、五輪で金メダルを取りたい」(12年9月7日付)
全国中学校体育大会(川崎市)の男子60キロ級で優勝し2階級制覇。五輪3連覇の野村さんを目標に掲げた。
























