防衛大学校長や兵庫県立大理事長などを歴任した神戸大名誉教授の五百旗頭(いおきべ)真さんが6日、急性大動脈解離のため亡くなった。80歳。理事長を務めるひょうご震災記念21世紀研究機構(神戸市中央区)で執務中に倒れ、救急搬送されたが帰らぬ人となった。
国際政治、日本外交史の第一人者でありながら、自らも被災し教え子を亡くした阪神・淡路大震災をきっかけに、東日本大震災や熊本地震など大災害からの復興に提言を続けた。阪神・淡路の発生から30年となる来年に向けて、改めて尋ねたいテーマが山ほどあった。突然の訃報に大きな喪失感を禁じ得ない。
五百旗頭さんは、阪神・淡路の復興では国が認めようとしなかった地元主導の「創造的復興」の実践を追い求めた。その真意は、単に被災前より立派な道路や住宅を再整備するハード面の拡充ではない。地域と被災者の自立を支え、被災前より安全で持続可能なまちと暮らしを実現する理念にある。そのために私たちに何ができるか。政治への、そして国民への問いでもあったろう。
思いを象徴するのが、議長を務めた東日本大震災の復興構想会議で提唱した復興税の導入である。
初会合で示した基本方針で「全国民的な支援と負担が不可欠」と指摘し、義援金、公費とともに復興税の必要性を明記した。国民の負担増となる提言は会議メンバーからも批判を浴びた。眠れぬ夜は、当時学校長を務めていた防衛大のグラウンドを走って考えを巡らしたという。
激論の末、「今を生きる私たち全国民が連帯と分かち合いによって復興を推進する」との原則で合意した。世論調査では復興税への賛成が多数を占めた。異論を排除せず、道理を尽くして論じ合うことを重んじる議長としての真摯(しんし)な姿勢が導いた着地点と言える。
かつてない手厚い財源措置の下、東日本大震災からの復興はまもなく13年となる。だが、その歩みは思うようには進んでいない。住民が戻らず、人口減少と高齢化が加速する多くの被災地の現状を五百旗頭さんはどう見ていただろうか。
専門の国際政治では、分断と対立が深まる世界を憂い、戦火に追われた人々を日本は温かく受け入れようと提言していた。日本が理想主義と現実主義を両立させて解決に導く役割にも期待していた。
災害列島は誰でも被災者になりうる。支え合う共同体である以外に救いはない。支援は負担でなく、持続可能な社会を実現する道ではないか-。五百旗頭さんの問いを胸に刻み、人々の痛みに思いを寄せ、支え合う社会を追い求めたい。























