2003年ごろ、東京・上野の国立博物館を訪れた母明子と好田タクト(本人提供)
2003年ごろ、東京・上野の国立博物館を訪れた母明子と好田タクト(本人提供)

 昨年12月上旬、好田タクト(56)は神戸市内の病院にいた。高校時代に父を亡くし、以来ひとりで兄妹2人を育ててくれた母明子の体調が悪化していた。

 「いつ『徹子の部屋』に出るんや」「滑舌悪いから気をつけよ」。息子には憎まれ口ばかりの母である。タクトが「関西に戻ろうか」とぽつりと漏らすと、「あんたはうるさいから近くにいるの嫌やわ」とも。

 「息子が売れない芸人なのに、悲壮感がないというか明るいというか」。タクトの脳裏に浮かぶのは常にたくましい母の姿だ。

 その裏で、母は息子のNHK出演を喜び、近所に伝えた。タクトが渡り歩いた芸能事務所、世話になった芸人仲間にお礼を重ね、贈り物をしていた。そもそも芸人になりたいと言ったタクトを、つてをたどって芸人に紹介したのも母だった。自身は娘や親戚に支えられながらつつましく暮らし、芸人となったタクトを見守ってきた。「したいことをしたらええ」と。

 大晦日の午前、明子は息を引き取った。88歳だった。その時、タクトは浅草・東洋館で出番を待っていた。「売れたら立派な家を買ってあげられたかもしれないが、結局できなかった。自分が頑張っている姿をもっと見せたかったのに」。正月も母の元に帰らず、舞台に立ち続けた。

 母が暮らした神戸市東灘区の自宅のトイレの壁には、タクトがこれまで出演したイベントのちらしが貼ってある。いっぱい、貼ってある。=敬称略=