夕食を終えた女子ユニットの浴室。小学校低学年の鈴音が湯船で声を弾ませた。「何秒潜れるか、数えてな」。水着に水中めがね、水泳帽までつけている。お湯に顔をつけたり、バタ足をしたり。昨日もしていた。洗面所の職員が笑う。「プールが始まるのを、待ちきれないんですって」
高校生の莉子の部屋には、白いフリルのビキニが掛かっていた。「海行くし、新しく買ってん。ここは毎日プールもあるし」。うれしそうに眺める。「早く着たいわー」
尼学には、子どもたちが暮らす建物の隣にプールがある。幅6メートル、奥行きは10メートル。30年以上前、貯水槽を改修して造った。みんなの自慢の「夏の遊び場」だ。
7月最後の日。子どもたちがデッキブラシで一斉にプールを磨いていた。給水口から水が噴き出す。
翌日、ようやくプールが始まった。でも、いつもと少し様子が違っていた。真っ昼間なのに、子どもの姿がなかった。異常な暑さのせいだ。熱中症による子どもの事故が全国で相次いでいた。多くの小学校がプール開放を取りやめた。
尼学に新たな決まりができた。環境省の「暑さ指数」が「危険」を示す間は水泳も外出も控える。つまり朝と夕方以外は、ほとんどプールに入れない。万が一の事故を防ぐためだ。「今年、暑すぎ」。各ユニットに恨み節があふれた。
8月の午後。伸びた木陰が水面を覆う。「にらめっこしましょ、笑うと負けよ」。莉子と鈴音が同時に潜る。年が離れていて、普段はそれほど遊ばない。でも、ここでは特別。「水の中やと、どんな顔してるか分からんな」。水面から顔を出した2人の笑い声が、甲高く響いた。
(文中仮名)
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