7月。熱帯夜の男子ユニット。いち早く夕食を済ませ、デザートの桃を切り終えた弘明が職員に尋ねた。
「このナイフ、どこに直しとったらいい?」。中学生の太一がおどけて突っ込む。「弘明君、そのまま首切ったら死ねるでー」。年上の弘明が笑いながら返す。「俺なー、まだやり残したことあるから死なれへんわ」
30分後、台所で子どもたちの食器を洗いながら、職員の大庭英樹がぼそっと口にした。「さっきの言葉、聞かれました?」。驚きをかみしめるように続ける。「めちゃくちゃ、うれしいんですよ」
以前の弘明は違った。「この川落ちたら死ねるかな」「車に飛び込んだら死ねる?」。前向きな言葉は一つもなかった。この時初めて「生きること」を口にした。
夕食後、最年少の蒼空(そら)がみんなにおねだりした。「なぁなぁ、ウノしてー」。上級生が「しゃーなしやぞ」と言いながら席に着く。カードを配り始めた蒼空が、強い札を手に入れるためずるをした。
弘明が諭す。「あのな蒼空ちゃん、そんなんしたらみんなが面白くなくなるってこと、分からなあかんで」。蒼空はうなずき、カードを戻した。
優しくおだやか。気遣いもできる。だから、携帯型ゲーム機で遊ぶ時も何もしない時も、他の子が弘明を自然と取り囲む。大庭がその輪を眺めて言った。「家族には、こういうところを認めてやってほしかったんですけどね」
弘明は以前、別の施設から尼学に来た。高校進学を機に親元に戻った。でも親自身、複雑な事情を抱え、自分のことで精いっぱい。弘明の特性を受け入れられず、長所に目が届かなかった。関係が悪化し、弘明は再びここに帰ってきた。(敬称略、子どもは仮名)
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