職員の大庭英樹が20年ほど前に関わった拓真は、乳児院から施設に来た。親の顔は写真でしか知らなかった。朝起きられず、嫌なことから逃げ、頑張れない子だった。中学を卒業して働き出したが、紹介した仕事をすぐに辞めた。何度も叱りに行き、励ましたが、続かなかった。日雇い現場やホストクラブなどを転々とし、結局、美人局(つつもたせ)をして捕まった。
「兄ちゃん、ようやく働けるようになったんや。病院の売店」。久しぶりに大庭に連絡があった直後に自殺した子もいた。行方不明になり、連絡すら取れない子は山ほどいる。
大庭が振り返る。「人は愛着の土台(どだい)が形成されていなければ、自分の存在価値を認められず、何も積み上げられない。だから彼らは頑張れず、続かなかった」
子どもたちは何一つ悪くないのに、児童養護施設で暮らすようになった。さまざまな理由があり、親と愛着関係を築けなかった。愛着の土台とは何か。誰かに愛され、必要とされる経験。大庭は「人間の根幹」という。約30年、子どもたちと向き合ってきた実感だ。
かつての児童養護施設は、子どもたちが暮らす環境に今ほど配慮がなかった。職員の「専門性」という概念も薄かった。尼学は4年前、大人数が一部屋で暮らす「大舎(たいしゃ)制」から、個室のある「ユニット制」に移った。同じ職員が継続して関わり、一人一人に目が届くようになった。
大庭は子どもたちに言う。「俺がおるから安心せい。何があっても見捨てない」。いろんなものを背負い、生きている。それが、どんなに尊いか。あなたは、大切な人。生まれてきてよかったと思ってほしい。
ここにいる間に少しでも。土台を築けたら。(敬称略、子どもは仮名)
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