8月4日。尼学は、ずっと弾むような空気だった。約2キロ先の駅周辺で開かれる「三田まつり」の日だ。出店やステージ、花火でまちがにぎわう。みんな、夏休み前から心待ちにしていた。
午後6時前、中学生の沙織が自室で準備をしていた。白いレースのロングスカートをはき、マスカラと赤いリップも付けた。職員に何度も行き方を確かめた後、自転車で待ち合わせ場所に急いだ。
尼学には帰宅時間の決まりがある。小学生は午後5時で、中学、高校と上がるたび1時間ずつ遅くなる。でもこの日の中高生は午後9時45分が門限。いつもより長く尼学以外の友達といられる。少しだけ大人の気分を味わえる1日だ。
喜ぶ子たちを見て職員は思う。「本当は一般の家庭のように、外出にももっと柔軟に対応してあげたい」。その一方で、不安も頭をもたげる。
虐待や親子関係の不調など、さまざまな理由で家族と離れて暮らす尼学の子たち。職員が同行しない長時間の外出はリスクを伴う。ふとした気持ちの揺れでかつて住んでいた地域に戻ったり、トラブルに巻き込まれたり、接触が制限されている親と出会ってしまったり。
副園長の鈴木まやが言う。「積み上げてきた暮らしが、一瞬で崩れてしまう恐れもあるんです」
午後8時。今度は、職員が小学生を玄関前に集めた。高学年の由衣は珍しく髪をポニーテールにし、低学年の鈴音は出店で買った光る腕輪を着けている。5分ほど歩くと、有馬川に架かる橋に出た。
山と山の間の空に、金色の花がパッと咲いた。少し遅れて「ドドーン」の音。6年生が欄干に手を掛け眺めていた。「来年は、もっと近くで見れるかな」(敬称略、子どもは仮名)
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