「今でもな、夜怖くてよく泣いちゃうねん」。そう言って、小学校低学年の鈴音がベッドにもぐった。抱き枕をぎゅっと抱え込み、「ママ」とつぶやく。
スヌーピーにキツネ、カエル…。いつもぬいぐるみに囲まれて過ごす。多くが母親からのプレゼントだ。中でも一番のお気に入りが、ネコの抱き枕。家にいる頃、初めてもらった。肌身離さず持ち歩くので、白い顔は少し黒ずんでしまった。鈴音がきょうも抱きしめる。「この子はずっと一緒。ずーっと。だから大事」
鈴音は3歳で尼学に来た。髪は腰に届くほど長く、うつむきがち。不意に外に飛び出しては、職員を困らせた。
母は心身ともにしんどい状況から抜け出せず、鈴音を育てられなかった。それでもぬいぐるみは定期的に贈った。鈴音は喜んだ。副園長の鈴木まやが言う。「ぬいぐるみを通して、お母さんとのつながりを実感できているんです」
尼学で職員や他の子に囲まれ、鈴音の表情は柔らかくなった。今ではすっかりおてんばで甘えっ子。耳が見えるほど髪を短く切り、尼学の中を走り回る。でも、そうした日常はたびたび崩れる。
誕生日のことだ。母は外出の約束をしていた。鈴音はずっと「どこ行こかな」とワクワクしていた。当日、体調を崩した母から、「行けない」と連絡があった。鈴音はご飯が喉を通らなくなった。
「ここでは、よくあることです」。鈴木は今回もそう受け止めた。「予測はできています」とも。尼学の子の親は、多くが複雑な背景を抱える。その苦しみを少しでも理解するため、専門性を磨く。子どもが崩れても、立ち直れるまでそばで見守る。その積み上げを繰り返す。
数日後、再び廊下を走り回る鈴音の姿があった。(敬称略、子どもは仮名)
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