午前7時20分、尼学の玄関前。小学校低学年の大雅が、Tシャツ短パン姿で出てきた。この日の一番乗り。はにかみながら、首から下げたスタンプカードを見せる。「僕な、1回も休んでないで」。夏休み恒例のラジオ体操だ。
午前9時すぎ、朝食を食べ終えた子どもたちが自室にいた。大雅も山ほどの宿題を前に、懸命に鉛筆を動かしていた。
時間を少しさかのぼる。終業式の日の午後、大雅と担当職員の大庭英樹が向かい合っていた。大庭が通知表に目を通す。大雅は足をぶらぶらさせ、「漢字と算数、分からへん」と口をとがらせた。
大雅の親は深い愛情を持っていた。でも、育て方を知らなかった。頼れる人もなく、適切な環境も作れなかった。大雅は人との関わり方はもちろん、数字も文字も知らないまま尼学に来た。
通知表を閉じた大庭が話し始めた。「教科の成績はそんなに大事と思ってません」。続けて尋ねた。「好きなことは何かな?」「将来なりたいものは?」。大雅がもじもじしながら答える。「字を書くのが好き。大人になったら習字の先生になりたい」。大庭が大雅の目を見て話した。「大庭兄(にい)はここで好きな仕事をしてお給料をもらってます。こんな幸せなことはありません」。そして続けた。「だから大雅さんも、好きなことをいっぱい頑張ってください」。大雅は顔を上げ、小さくうなずいた。
時間を戻す。ドリルの宿題を終えた大雅がリコーダーを練習していた。昨日は出なかった「レ」の音が出せるようになっていた。部屋をのぞき込んでいた職員や年上の子らが声を上げた。「できてるやん。すごいやん」。思わぬ拍手に、大雅はくすぐったそうに笑った。(敬称略、子どもは仮名)
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