10月30日、韓国・釜山で開催されたトランプ米大統領と中国の習近平国家主席による米中首脳会談は、世界経済の動向を左右する重要な節目となった。両国の熾烈な貿易摩擦が続く中での対面交渉は、中国の優勢という結果をもって、一時的ながらも緊張緩和の道筋を示したと言える。
首脳会談は、APEC関連の機会を利用して約1時間40分にわたって協議された。会談後の発表によれば、両国は互いに譲歩することで合意に至った。まず、アメリカ側は、中国からの輸入品に対する追加関税の一部、具体的には合成麻薬フェンタニル流入を理由に課していた20%の関税のうち10%分を撤廃(引き下げ)することとした。
これに対し、中国側は、戦略物資であるレアアース(希土類)鉱物および磁石の輸出規制導入を1年間暫定停止することに応じた。また、中国は米国産大豆などの農産物の購入を再開・拡大することでも合意した。トランプ政権が関税を引き下げ、中国がレアアースの輸出規制導入を延期するというこのディールは、貿易摩擦の激化を一旦回避するという意味合いを持つ。
この交渉の結果は、トランプ政権の強硬な外交戦略が必ずしも最大の成果に結びつかなかったことを示唆しており、結果的に中国の優勢であったと評価できる。トランプ大統領は、中国がレアアースの輸出規制導入を打ち出したことに対し、「対中関税を100パーセントにする」と公に脅しをかけ、関税という最大の切り札をちらつかせることで、中国から輸出規制の完全撤回という大幅な譲歩を引き出す狙いがあったと見られる。
しかし、現実は異なった。トランプ政権が引き出した譲歩は、「レアアース輸出規制の1年間延期」という限定的なものに留まったのである。その見返りとして、トランプ政権側は、課税済みの関税の一部(10%分)を自ら引き下げるという実質的な譲歩を強いられる形となった。これは、中国がレアアースという戦略物資を盾にすることで、アメリカの要求を限定的なものに抑え込み、逆にアメリカから関税引き下げという譲歩を引き出すことに成功したことを意味する。トランプ政権としては、100%関税という強いプレッシャーをかけながらも、最終的には強気の交渉戦術が、期待した最大の成果には結び付かなかった。
一方、今回の合意は、世界の市場に一時的な安心感をもたらした。特に、追加関税引き下げは、世界のGDPをわずかながら押し上げるとの見方もあり、また、中国が米国産大豆の購入を再開することは、アメリカの農業部門にとって朗報となることは確かだ。
しかし、この合意が両国間の根本的な貿易不均衡や、知的財産権、技術覇権を巡る対立といった構造的な問題を解決したわけではない。加えて、中国のレアアース規制の延期がたった1年間であるという点も極めて重要である。1年後に再度規制が導入される可能性は依然として残されており、これはアメリカおよび同盟国に対し、レアアース供給網の多様化を加速させるよう促す持続的なプレッシャーともなる。また、今回の合意はトランプ政権の関税政策が行き詰まりを見せた証拠とも捉えられ、最大の貿易赤字国である中国に対して、強硬な関税政策が最終的な貿易赤字解消という目標達成に結びついていない現実が浮き彫りになったとも言えよう。
10月30日の米中首脳会談は、表面上は一時休戦という形を取ったが、その深層には「中国の戦略的な優位」と「アメリカの交渉の限界」が透けて見える。トランプ大統領の強硬なディール外交が、限定的な譲歩しか引き出せず、逆に自らも譲歩せざるを得なかった事実は、米中貿易戦争が新たな局面に突入したことを示唆する。
今回の会談は、問題の根本的な解決ではなく、来年以降の再燃の火種を残したままの「戦略的な時間稼ぎ」であったとも解釈できる。今後、両国がこの合意をどのように履行し、1年後のレアアース規制の期限が迫る中でどのような新たな戦略を打ち出すのかが、世界経済の最大の注目点となる。
◆和田大樹(わだ・だいじゅ)外交・安全保障研究者 株式会社 Strategic Intelligence 代表取締役 CEO、一般社団法人日本カウンターインテリジェンス協会理事、清和大学講師などを兼務。研究分野としては、国際政治学、安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障など。大学研究者である一方、実務家として海外に進出する企業向けに地政学・経済安全保障リスクのコンサルティング業務(情報提供、助言、セミナーなど)を行っている。
























