記事特集
阪神・淡路大震災後の建物解体作業によるアスベスト(石綿)飛散問題で、兵庫県は二十六日までに、どの程度健康被害が起きているかを予測するため、初の疫学調査を実施することを決めた。住民健診の結果を分析し、石綿で引き起こされる「良性石綿胸水(きょうすい)」の発生推移を調べる。震災時にどのくらいの石綿が飛散したのか分かっておらず、早期の発見、治療のため必要と判断した。
兵庫県は二〇〇五年から、住民健診に石綿に関する問診項目を加え、〇六年には二千七百四十六人が受診した。疫学調査では、石綿に関連する病気の中でも発症までの時間が十年程度とされる「良性石綿胸水」の発生頻度を抽出。毎年五月ごろに判明する健診結果の経年変化を見ていく。潜伏期間が長く症状の重い中皮腫などの発病を予測するのが狙いだ。
震災後、十一万棟以上といわれる建物解体作業では、吹き付けられた石綿の飛散が問題となった。県の大気調査では、空気一リットル中の石綿繊維量が、震災直後の一九九五年二月で最大四・九本、同三月で六本を記録。解体作業に従事した男性が中皮腫となり、今年二月に労災認定され、関心が高まっていた。
兵庫県疾病対策課は「被災住民が石綿にある程度暴露したことは推測でき、影響の有無を含め予防策に生かしたい」とし、発病が増加した場合の対応策を専門家と検討するという。(増井哲夫)
▼初の画期的な調査 兵庫医大の中野孝司教授(呼吸器内科)の話
大災害での石綿の影響に関する疫学調査は初めてで、画期的。有効なデータとするためにも、健診を周知して受診者を増やしてほしい。
■時効が阻む命の補償 法の不備、矛盾噴出 国、見直し着手へ
アスベスト(石綿)によって中皮腫などの病気となった人への補償を定めた石綿健康被害救済法が、労災補償の時効(五年)で救済されないなど、多くの課題が噴出し始めている。二十七日で施行二年。国は同法の見直しに着手する方針を打ち出した。
中皮腫は発症まで二十-五十年かかることもあるため、同法は二〇〇一年三月二十六日以前の事例について、労災補償の時効を適用しない救済規定を設けた。しかし、三月二十七日以降に亡くなった場合は「一定の周知が行われた」として救済の対象外。患者や遺族が気づかぬ間に時効となるケースが出てきた。
「石綿を扱う職場にいた方に健康診断を実施しています」。肺がんで〇一年十月に亡くなった神戸市長田区の男性=当時(66)=あてに、昨年七月ハガキが届いた。以前勤めていた車両製造会社からだった。遺族が病院に確認すると、石綿暴露を疑う記録があったが、労基署に尋ねると、〇六年十月に時効となっていた。遺族は「危険性を知らされずに命を奪われ、今度は時効で労災の権利まで奪われた」と憤る。
支援団体のひょうご労働安全衛生センターによると、同様の通知をクボタ問題発覚直後に出していた企業もあったという。西山和宏事務局長は「刻一刻と過ぎていく時効に気づくきっかけが、企業側の姿勢に委ねられている」と指摘する。
一方、労災補償の対象とならない一般住民への救済金給付でも法の不備が浮かび上がる。
四十年前、尼崎市のクボタ旧神崎工場近くに住み、〇六年五月に亡くなった女性=当時(67)=の遺族が、十月に特別遺族弔慰金などを申請。だが、生前申請が条件のため、支給は認められなかった。女性は病理解剖で初めて中皮腫と判明。クボタは独自の判断で救済金を支給した。今年三月、国会で取り上げられ、鴨下一郎環境相は「できるだけ早く救済法を見直したい」と約束した。
一連の救済措置も来年三月二十六日に打ち切られ、同センターは「救済法には問題点が多く、早急な改正が必要」としている。(増井哲夫)
■県に専門窓口設置要望 支援団体、被害調査も求める
阪神・淡路大震災後の建物解体作業によるアスベスト(石綿)飛散問題。解体作業に従事した男性が、石綿吸引による中皮腫発症で労災認定されたことから、被害者の支援団体「ひょうご労働安全衛生センター」は二十六日、県に、石綿に関する総合的な相談窓口設置や、解体作業にかかわった人の調査、被害の掘り起こしなどを求める知事あての緊急要望書を提出した。
センターのメンバーや被害者の遺族らが兵庫県庁を訪れ、県疾病対策課や大気課に申し入れた。
同センターは九日から「震災被災地アスベスト被害相談」を受け付け。震災直後に被災地で解体作業に従事した人や、健康不安を訴える被災者から百三十六件の相談が寄せられた。うち七人が、被災地で解体作業などに従事して中皮腫や肺がんで亡くなっており、この日は、相談内容の概要についても県に報告した。
知事が十日の会見で「震災時の解体作業と中皮腫との因果関係は考えにくいのではないか」と発言したことに対し、西山和宏事務局長は「健康不安の沈静化を図る気持ちは分かるが、被災者の心情を考え、積極的な対応を心がけてほしい」と注文した。
さまざまな救済措置が来年三月で打ち切られる石綿健康被害救済法についても、早期見直しを国に働きかけるよう要望。県は国に要望書を出すことを明言した。
同センターは二十九日午前十一時から、神戸・三宮センター街や山陽電鉄姫路駅前など県内五カ所で救済法見直しを求める街頭宣伝活動を実施。同法の問題点を訴える。(増井哲夫)
メモ
石綿健康被害救済法の主な課題
▽労災時効の適用除外について09年3月26日で打ち切り
▽2001年3月27日以降に亡くなった場合、労災時効の適用除外は認められない
▽労災以外の住民が施行後に亡くなった場合、生前に申請しないと救済金の給付対象とならない
▽施行前に亡くなった労災以外の住民に対する救済金が2009年3月26日で打ち切り
▽対象疾病が、肺がんと中皮腫に限られている
メモ
石綿健康被害救済法
アスベスト(石綿)によって肺の病気にかかりながら、労災補償の対象にならない住民や、労災の時効を迎えた元労働者の救済のため、2006年3月に施行。認定されると遺族に約300万円、患者に治療費の自己負担分が救済金として支給される。施行前に死亡した場合の救済金や労災時効の救済措置は2009年3月26日で打ち切られる。
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