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まちをつくる 二つの震災、続く葛藤 災害列島に生きる

(9)合意形成 「速さ」より「中身」に重き
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東日本大震災の復興まちづくりで、住民の意向を聞くために活用された「復興カルテ」。阪神・淡路大震災で北淡町(現淡路市)が作成したものを参考に作られた
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東日本大震災の復興まちづくりで、住民の意向を聞くために活用された「復興カルテ」。阪神・淡路大震災で北淡町(現淡路市)が作成したものを参考に作られた

東日本大震災の復興まちづくりで、住民の意向を聞くために活用された「復興カルテ」。阪神・淡路大震災で北淡町(現淡路市)が作成したものを参考に作られた

東日本大震災の復興まちづくりで、住民の意向を聞くために活用された「復興カルテ」。阪神・淡路大震災で北淡町(現淡路市)が作成したものを参考に作られた

 「おかげさまで、事業はほぼ順調に進んでいます」

 今年6月。淡路市都市計画課主幹の神林(かんばやし)俊勝(45)は、電話の声に表情を和ませた。相手は宮城県亘理町(わたりちょう)の職員。神林は昨年6月から10カ月間、東日本大震災で被災した同町に復興支援で派遣された。

 阪神・淡路大震災の経験と教訓を生かす。神林は強い思いで取り組んできた。

 昨年10月。町復興本部の会議で、神林は幹部ら20人を前に声を上げた。「計画を推し進めるにはまだ早い」

 焦点は津波で全域が浸水した荒浜地区の復興だった。町は新たな防潮堤を築き住民の移転先を地区内にとどめる再建案を示す。地区外への移転を望む住民らは反発した。

 「一日も早く道筋を示すべきだ」。当初案通りに決めようと焦る町幹部らに、神林は提案する。「住民の信頼を一度失うと、修復は簡単ではない。時間をかけて住民の意見を聞くことはできないか」

 神林には16年前の“無念”があった。旧北淡町(現淡路市)職員として区画整理を手掛けたが、都市計画決定は震災のわずか2カ月後。制度の限界に突き当たる。住民は反発し、混乱の末、事業完了まで14年を要してしまう。

 住民との協議を重視する亘理町は建築制限を適用せず、時間的な制約はなかった。議論の末、町長斎藤邦男(74)は決断する。「少し遠回りしてでも、住民の声を聞こう」

 12月の復興計画案には、移転先の候補地に地区外も盛り込まれた。職員が仮設住宅を回るなど住民約300人から希望を聞き取った成果だ。

 意向把握に役立ったのが、旧北淡町が考えた「復興カルテ」。住民の要望や、希望する住まいの在り方を細かく記入してもらい、まちづくりの土台となる“診断書”を作る。旧北淡町では都市計画決定後に使われたが、亘理町では合意形成に活用された。

 今年7月、集団移転事業が動きだした。住民から大きな反発は出ていないという。

    ◆

 津波で壊滅的な被害を受けた岩手県大槌町。今年5月、難航する区画整理事業の進め方をめぐり会議が開かれた。

 町の“助言役”を務める元神戸市職員の青木利博(61)、多田徳次(66)が示す提案に、職員の視線が集まる。

 公園や道路など「大枠」を先に決め、詳細な計画は後で住民と協議して詰める-。阪神・淡路の復興過程で兵庫県や神戸市が編み出した異例の「2段階方式」だった。

 震災後、町は住民間の協議を最優先にしてきた。だが意見はまとまらず、次第に行政への批判が高まっていた。

 青木は「いま住民が求めているのは、早く方向性を示すことだ。まず計画の枠組みを示せば、意見集約も加速する」と説明。多田も「長引けば住民に諦めや徒労感が生じる。急ぎすぎても、遅れすぎても駄目だ」と助言した。

 結局、町は「2段階方式」を採用する。9月中の都市計画決定を目指し、計画案の縦覧が始まった。

    ◆

 震災前のマスタープラン(長期計画)を復興に生かした神戸市や仙台市と異なり、大槌町のように小規模な被災自治体は文字通り「白紙」からのまちづくりを迫られた。

 国は、東日本大震災の経験や教訓を踏まえ、将来の南海トラフ地震などに備え、事前に集落を集団移転させるなどの踏み込んだ対策を求める。

 住民の理解はどこまで得られるのか。新たな計画には膨大な労力がいる。最終的に評価されるのは「速さ」ではなく「中身」だ。兵庫をはじめ多くの自治体は新たな葛藤に直面している。=敬称略=

(安藤文暁)

2012/8/27

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