道路はひび割れ、傾いた民家の下に穴が開いていた。建物を支える土が消えている。
仙台市太白区緑ケ丘4。高度成長期にできた住宅街で、東日本大震災による地滑りで200棟以上が全半壊した。市は今年8月、一部を「災害危険区域」に指定。沿岸部以外で初の集団移転が始まった。
「現地再建も可能だが、将来、再び起こり得るリスクを鑑みての決断だ」。市復興事業局長の山田文雄(59)が説明する。他の既存宅地をどうするかについては「今後の検討課題」と述べるにとどめた。
次の災害に備え、街をつくり直す。住民との間に生じる葛藤にどう向き合うのか。
17年前、神戸市の復興計画検討委員会で委員を務めた神戸大名誉教授、安田丑作(ちゅうさく)(67)は述懐する。「将来、断層が動く可能性がある地域も計画に含むべきではとの議論はあったが、地震が絶対起きると言えない以上、住民の理解は到底得られないと判断した」
阪神・淡路大震災では最大級の地滑りで34人が死亡した仁川地区がある西宮市。県内で唯一、断層付近で構造物を新築する業者に地質・建築内容の報告を義務づけている。これを参考に、徳島県が条例化を検討しているが「住み続ける権利もある。新たな建築物を規制するのが精いっぱい」(担当者)なのが実情だ。
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昨年12月。東日本大震災を踏まえ、「津波防災地域づくり法」が成立した。津波で被災する恐れがある地域を、都道府県が「特別警戒区域」に指定すれば、知事は住民に移転勧告を出すことができる。
国土交通省が手引とするのが「土砂災害防止法」だ。広島県で24人が死亡した土砂災害を教訓に2001年に成立した。ただ私権制限にもつながりかねない特別警戒区域の指定には各自治体が調整に苦慮しており、兵庫県も芦屋市内の1カ所にとどまる。
県まちづくり局長の大町勝(58)は「沿岸部には市街地や工業地帯が集まっている。区域指定により経済活動を制限するには相応の理由がいる」と話す。移転には膨大な費用と人員が必要だが、国の財源措置は示されていない。行財政改革の一環で、実務を担う県の建築系の技術職員も阪神・淡路大震災当時の約270人から約160人に減った。
内閣府が近く公表する南海トラフ巨大地震の被害想定を踏まえ、県は新たなシミュレーションを作成。防災・港湾・都市計画の各部局が連携して対策を本格化させる。
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被害軽減へ、あらかじめ復興に向けた力を蓄えておく。その重要性が高まっている。
昨年10月、宮城県南三陸町の戸倉中学校。人と防災未来センター(神戸市)の研究員が生徒たちに問いかけた。
「高台に移転すれば商業施設ができるなど便利になる。でも、漁港や町の姿は以前とは違う形になる可能性がある。移転案に賛成するか」
「子どもがいるなら便利な方がいい」「地域の良さを残すことは役場も考えているはず」。町の将来について議論する生徒の目は真剣だった。
主任研究員の石川永子(40)は「大人だけでなく、将来を担う若い世代の声を取り入れ、議論を重ねる。それが復興に向けた力を養っていくことにつながる」と期待する。
この国の都市計画は、住民参加よりも行政の裁量に重きを置いてきた。だが、二つの震災はその関係に変化をもたらした。崩れた営みを取り戻し、街を再生する。それは行政と住民が向き合う中でしかなし得ない。教訓を今に生かす論議はなお途上に見える。=敬称略=
(安藤文暁)
=おわり=
2012/8/28