イタリアを拠点に活動する指揮者の三ツ橋敬子さんが壇上に上がると、練習場の雰囲気が一変した。「言葉の意味が見えるように発声して、歌に乗せてください。では、どうぞっ!」
大合唱が空気を震わす。「アッレ メンシェン ヴェルデン ブリューダー」(すべての人々は兄弟になる)
発足から45周年を迎え、12月17日が本番の「姫路第九合唱団」(約200人)に入団した。これまでの参加者は延べ8600人で、全国屈指の規模だ。難易度の高いベートーベン交響曲第9番だが、繰り返し歌ってきたメンバーからは、自信に満ちた歌声がごく自然に流れ出る。
いまや師走の風物詩となった「第9」。国内の年間公演回数は200回前後と試算される。世界でも例のない多さだ。
この曲が作曲されたのは1824年。日本では江戸後期に当たる。本邦初演は1918(大正7)年6月1日で、徳島県鳴門市の板東俘虜(ばんどうふりょ)収容所にいた第1次世界大戦のドイツ人捕虜たちが演奏した。約80人の男たちが故郷をしのび音楽に希望を託したとされる。
捕虜収容所は当初、国内に12カ所整備され、その後、6カ所に集約される。その一つが現在の加西市青野原町にあった。15年にでき、5年後に閉鎖された。収容されたのは、ドイツやオーストリア=ハンガリー帝国の捕虜ら約500人。人道に配慮され、演劇会や演奏会、地域交流、作品展覧会などが催された。
青野原には今も当時の風呂場や宿舎、井戸が残る。捕虜が書いた絵はがきには「Heimat」(故郷)の文字。寒空の下、彼らの望郷の念を思いつつ現地を歩いていると、合唱練習で繰り返した「第9」の歌詞が浮かんだ。
「ダイネ ツァウバー ビンデン ヴィーダー…」(あなたの不思議な力は、時流によって容赦なく切り離されたものを再び一つにする)。魂の底からわき上がるような旋律に、作曲したベートーベンの意図に触れた気がした。
「人類の平和という願いが今の時代とリンクすると感じる」。各地でタクトを振ってきた三ツ橋さんの言葉にうなずく。
来年で日本初演から100周年。戦争の世紀を超えて「歓喜の歌」を奏でられる幸せをかみしめ、同時代を覆う不安を吹き飛ばす思いで歌いたい。








