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原人まつりの資料を手に思い出を振り返る山根金造さん=明石市
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原人まつりの資料を手に思い出を振り返る山根金造さん=明石市
故直良信夫氏が発見した人骨の写真
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故直良信夫氏が発見した人骨の写真

 兵庫県明石市内で発見された人骨にちなんだまちおこしイベント「明石原人まつり」。節目の30周年を迎え、元実行委員長の山根金造さん(74)=同市=は、発見者・故直良信夫氏の直筆の額や原人まつりに関する約千点の資料をあかし市民図書館に寄贈することを決めた。「原人を見つけるという夢を未来に託したい」とその思いを語る。(長沢伸一)

 明石原人はちょうど90年前の1931年、直良氏が西八木海岸で見つけた化石人骨を指す。45年の東京大空襲で現物は焼失。その後の調査で「原人の骨」とされ、一時は「日本最古の人類」とも言われた。

 山根さんは82年、古代瓦の研究で知られていた知人の故井内功氏らと「明石原人を追うロマンチストの会」を結成。その後の研究で明石原人の存在を否定する学説が出た時期と重なったこともあり、地元からもう1体の原人を見つけようとの機運が高まった。「空(くう)」としたためられた色紙はその際、直良氏から井内氏を介して贈られた。

 89年、山根さんはJR大久保駅前の商店でつくる大久保商盛会の青年部長に就任。買い物客を呼び込む仕掛けとして明石原人をテーマにした催しを考えた。90年のプレイベントを経て、第1回の明石原人まつりが91年5月、盛大に開かれた。

 実行委員会メンバーと毎回、企画のアイデアを練ったのも懐かしい思い出だ。地元の底引き網漁師の協力で海底をさらって原人の骨を探す「化石探査船」、探査船で捕れた魚を参加者らで食べる「原人鍋」、石棒を模した木の棒を手に面をかぶって踊る「原人神楽」-。「好きなことをやってきた」と苦笑する。

 イベントは次第に参加者が減少し、昨年は新型コロナウイルスの影響で中止になった。山根さんは「節目の年にまつりの記録を残したい」とあかし市民図書館に寄贈を打診。同館は古里の歴史資料として受け入れを決めた。

 今回寄贈するのは40年がかりで集めた資料。原人に関する書籍をはじめ、原人まつりの模様を撮影したビデオ、新聞の切り抜きなども含まれる。学芸員の高島信之さん(65)は「明石原人は明石城などと並ぶ地域の象徴の一つ。市民活動も含めて残したい」と話す。

 同館では資料を書庫で保管する傍ら、希望すれば市民が閲覧できるようにし、将来的に館内での展示も検討する。「この資料を活用してもらい、明石原人をもう1体、見つけてほしい」と山根さん。古代ロマンにはせる熱い思いとともに後世に引き継がれる。

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