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明石南高校の前身校とされる明石高等女学校、明石女子商業学校の校旗=明石市明南町3
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明石南高校の前身校とされる明石高等女学校、明石女子商業学校の校旗=明石市明南町3

 創立100周年を今年迎えた明石南高校(兵庫県明石市明南町3)で、前身校の一つ、市立明石女子商業学校の校旗やアルバムが見つかった。商業学校は1928(昭和3)年開校の明石家政実習学校の流れをくみ、第2次世界大戦を挟んでわずか3年で閉校。アルバムには、明石空襲で生徒が犠牲になったと推測できる記述もあり、学校関係者は「女子商業学校の貴重な史料」としている。(小西隆久)

 明石南高校は1921(大正10)年、市立明石高等女学校として大蔵谷に開校。旧制明石中学(現明石高校)より2年早かった。48年に明南高校と改称し、男女共学化。65年に現在地に移転し、明石南高校となった。

 今回アルバムなどが見つかった明石女子商業学校は、終戦後の47(同22)年に市立明和高校と改称し、翌48年には明南高校と合併し、閉校となった。現在の明石小学校(同市山下町)辺りにあったという。

 これまで明石南高の沿革に名前が残るだけで、詳細は長らく不明のままだった。アルバムには開校式の写真が収められ、球技大会や水泳大会、修学旅行の様子など戦時中とはにわかに信じがたいほど充実した学校生活がうかがえる。

 他方、45(昭和20)年には、学徒動員された数多くの生徒の写真も残る。同年1月12日に撮影されたとみられる「川崎工場入所3カ月」の写真の直後には「ああ、それなのに一週間後 一月十九日…」との記述が目を引く。川崎航空(当時)が空襲で被害を受けた時期と重なり、アルバムを見つけた竹野誠治教諭(65)によると、生徒が犠牲になった可能性があるという。

 校旗は「大正十一年 校旗納入箱」と書かれた木製の箱から見つかった。旗は青地に白で校章が染め抜かれており、新品のようにきれいな状態だったという。高等女学校の旗と一緒に収められていた。

 校旗とアルバムは今年に入り、100周年記念誌を編集する竹野教諭が倉庫や図書館の書庫で発見。図書館が入る建物「懐光館」は2回の建て替え工事を経ており、多くの資料が廃棄された恐れもあるという。

 竹野教諭は「今回のアルバムはさすがに残すべきと担当者が判断したのではないか。いずれも貴重で後世に残さねばならない」と強調。100周年で作成する記念誌にも掲載するという。

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