ビルの谷間の更地に立つ看板に「県・市協働プロジェクト始動!」の文字が躍る。兵庫県と神戸市が、同市長田区で計画する「新長田合同庁舎」の予定地だ。
県からは神戸県民センターや住宅供給公社などが移転。市からは本庁税部門の一部や各区市税事務所などが移り、8階建て庁舎で千人超の職員が共に働く。
総事業費は約90億円で、うち30億円は県が負担する。今秋に着工され、2年後の完成を目指す。阪神・淡路大震災から20年余。大規模な復興再開発後も昼間人口が戻らない街に、今度こそにぎわいを取り戻せるかが問われる。
「井戸知事のご決断で、大きく街が変わっていく」。5日夜、同市中央区。知事選で5選に挑む現職井戸敏三(71)の県政報告会で市長久元喜造(63)が熱弁を振るうと、井戸も「市と一緒にやれることは今後もやりたい」と応じた。
「山手」と「浜手」。県市職員が互いを陰でそう呼び合い、市営地下鉄の開業時、現「県庁前」駅を「山手(県庁前)」駅とするなど確執を繰り返してきたのも今は昔。井戸と同じ総務省(旧自治省)出身の久元が市長就任後は協調路線が加速する。
神戸市だけではない。地方が疲弊する中、時に「中二階」とやゆされてきた中間行政、広域行政の県の役割は存在感を増している。
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兵庫県内全41市町の首長や幹部がずらりと居並ぶ。4月上旬、神戸市中央区の兵庫県公館で開かれた「県・市町懇話会」。県側が新年度施策の説明を終えるや否や、市町長らから新たな要望が相次いだ。
「12月に町を挙げてスキー場をオープンする。県も支援を」(神河町)、「有害鳥獣対策を担う狩猟者が高齢化している。すぐにでも狩猟者育成センターを整備してほしい」(多可町)。向き合う知事井戸敏三(71)ら県幹部が言葉を選びながら答弁を重ね、会議は3時間近くに及んだ。
市町と比べ住民から見えにくい存在の県だが、財源も人員も不足する小規模自治体にとっては、よりどころでもある。県自体も、いまだ約4千億円に上る阪神・淡路大震災関連の借金や長年の行財政改革で余力はないが、広域的な事業の要望に加え、地方交付税の確保など、国との交渉役の働きを県に期待する市町は多い。
「市町が合併で広域化し、力を付ければ、県の役割が揺らぐ」。かつてはそんな見方もあったが、急速に進む人口減少や少子高齢化で雲散霧消した。
一方で、比較的体力のある都市部の自治体と県の連携も重要度を増している。
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市町懇話会の2日後。県庁2号館6階の知事応接室で、明石市長の泉房穂(53)が井戸と対面していた。
来年4月の中核市移行を目指す明石市には、新たに保健所が設置されるほか、身体障害者手帳の交付など、県から約2千の事務が移譲される見通しだ。市の裁量で特色あるサービスが可能になるが、専門職員が足りず、県も職員研修を受け入れるなど準備を支える。
「駅前再開発も好評で、推計人口は4年連続で増えています」と泉。JR明石駅前では昨年末から今春にかけ、図書館なども入る商業ビルやタワーマンションが完成。さらに南側の県管理の明石港では現在、県や市、地元関係者らで大規模再開発の議論が進む。
都市の求心力を高める市街地の再整備・再開発事業。兵庫は関西において大阪や京都に後れを取るが、成功例もある。姫路市のJR姫路駅周辺の再整備だ。
姫路城の「平成の大修理」完了と相まって、駅北側の広場は連日観光客でにぎわう。今後も城へ続くメインストリート「大手前通り」の再整備などが控える。
「県が施工した姫路駅の高架化が契機となった」と市の担当者。線路で南北に分断されていた市街地が、県との連携で一体化され、一気に駅前整備が動きだした。
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「姫路にも取り残されている」。4年前の神戸市長選でそう訴えた市長久元喜造(63)が力を入れるのが都心・三宮の再整備だ。
ただ、新長田合同庁舎や米シアトル事務所の統合、中小企業支援窓口の一本化などで手を携えてきた県との間で、連携の形はまだ見えない。
「具体的な内容を早く示してくれないと、県としても検討できない」。昨年末の「県・神戸市調整会議」で井戸がこう切り出した。
すると久元は「空き地がなく、一つ一つ動かしていかないといけない。関係者や市民の理解を十分得ないと」と反論。さらに井戸が「区役所を移転するなど、自分からできることがあるはず」と返し、同席の県市幹部に緊張が走った。「三宮は兵庫の“顔”でもある。権限は市にあるが、県も積極的に関わらせてもらう」と県幹部は強調する。
県と政令市が胸襟を開いた先に、どんな将来像が実を結ぶのか。=敬称略=(黒田勝俊、斉藤正志)