西宮市の朝日新聞阪神支局で記者2人が殺傷された事件から39年となる3日、犠牲になった小尻知博記者=当時(29)=の遺影を掲げた祭壇が同支局に設けられた。小尻記者の知人や市民ら約350人が訪れ、言論の自由の大切さなどに思いをはせた。
1987年5月3日夜、同支局に目出し帽をかぶった男が侵入し、散弾銃を発砲した。犯人は「赤報隊」を名乗り「反日分子には極刑を」などと訴える犯行声明を報道機関に出した。事件は未解決のまま2003年までに時効が成立した。
同支局の3階にある資料室には、発砲時に小尻記者が座っていたソファや血痕が残る原稿用紙、犯行声明文などが並ぶ。
趣味の俳句で賞を受けた際の記事を小尻記者に書いてもらった同市の安立富美子さん(88)はこの日、記事を手に献花に訪れた。
今夏に定年退職予定で、襲撃時に現場に居合わせた同社ブランド企画部主査の高山顕治さん(64)は、広島県呉市にある小尻記者の墓を参った後、同支局へ。「小尻さんは原稿を書くのが好きだった。書いた原稿をもっと読みたかった」としのび「おかしいことがあるならおかしいと誰もが声を上げられる世の中であってほしい」と話した。(潮海陽香)






















