投稿コーナー「私も生きヘタ?」
「不妊治療・不育症」について外園佳代子さん(50)に聞きました
10月のテーマは不妊治療や、流産や死産を繰り返す不育症を巡る生きづらさです。インタビューに応じた阪神地域に住む外園佳代子さん(50)は、30代後半から10年以上、不妊治療を続け、度重なる流産にも苦しんできました。50歳を機に、不妊ピア・カウンセラーの活動を始めた外園さんが「誰かの役に立てるなら」と、経験を語ってくれました。
-治療は?
「31歳で結婚し、34歳の時に自然妊娠しましたが、初期流産し、その後も流産が続きました。不妊治療を始めたのは36歳です。43歳で7回目の妊娠をし、初めて胎児の心拍を確認できて希望を抱きましたが、流産。これが地獄なんやと、突き落とされた感じでした。それが最後の妊娠です」
-周囲に話は?
「最初のころは友人に報告していました。でも次第に、親きょうだいにも話さなくなりました。これ以上傷つくのは嫌だから、言わんとこうって。主人にしか話さなくなりました」
-治療中は?
「『たられば』で、自分があかんかったと考えてばかり。動きすぎた? 仕事が忙しかったから? でも、大阪の病院で、医師がぼうぜんとしている私の肩に手を置き、『一つ言えることがあるとすれば、あなたが自分を責める必要はないんですよ』と言ってくれたんです。救われた思いでした。その言葉は今も、心の奥底にあります」
「流産をすると、『もうこんなつらい思いをするのは無理。やめよう』と思いますが、気持ちが落ち着くと、また頑張ろうとする自分がいます。まだまだ頑張りが足りないと、自分を追い詰めて…。お金も時間も、つぎ込んで。『ここまでやってきたのに』と、諦めきれずに治療終結を延長し、最後の通院は昨年10月でした」
「主人と台所でしみじみ、『私らほんま頑張ったよな』って話をしました。主人は『今まで仕事と通院と家のこと、頑張ってくれたよな』と言ってくれて。2人で泣きました」
-やりたいことは?
「治療のやめ時を考えていた時、NPO法人・Fine(東京都)の不妊ピア・カウンセラーの資格を知りました。過去の自分みたいに苦しんでいる人がいっぱいいるなら、その人たちの声を聞き、『あなたのせいじゃないですよ』『もう十分、頑張っておられますよ』と伝えることができたら、と思いました。また、私はつらい気持ちを絵手紙に描いて吐き出していたので、絵手紙のワークショップなど、癒やしの場をつくれたらいいなと考えています」(聞き手・中島摩子)