年の瀬も押し詰まった12月29日。午後7時すぎ、高校3年の瑛太がガソリンスタンドのアルバイトから帰ってきた。この日は9時間働いた。「寒かったー」。コートを脱ぎ、テーブルに着く。
他の子は夕食を終え、テレビやゲームに夢中。ユニットの担当職員は瑛太の帰りを待っており、そっと横に座り一緒に食べ始めた。メニューはビーフカツ。瑛太は食べ盛り。「やばいわ、太ってしまう」。笑いながら何度もおかわりした。
瑛太は高校1年の春、尼学に来た。「あのまま家にいたら、追い詰められて死んでいたかもしれない。しんどい生活から解放されてほっとした」。それが一番の気持ちだった。
尼学に来るまで、児童養護施設についてほとんど知らなかった。「テレビなどで目にしていたが、自分がそういう状況になった」。親と暮らせない子がいる現実を目の当たりにした。
生活にはすぐに慣れ、9月に高校のハンドボール部に入った。家庭にいたころはできなかったため、念願だった。しかし、問題に直面する。
瑛太の将来の目標は数学教師。テスト前には勉強会を開き、友達に教えるのが好きだった。一方、大学に進学するためには、学費や生活費を自分でためないといけない。高校までの通学時間は1時間20分。勉強、部活、バイトのすべてをやるのは不可能だった。
顧問や職員と話し合いを重ねた。もし浪人をするなら、その1年間にバイトをして貯金すればいい。しかし現役で行くのなら、部活はあきらめなければならない。「後々苦労するのなら、いまやったほうがいい。いま楽をしたら、苦労しか残らない」
16歳の決意。部活は1カ月で辞めた。(文中仮名)
2018/2/27【20】親と暮らせず傷付いた心「友達がいるから乗り越えられる」2018/3/17
【19】演劇、絵画…「好奇心が子どもの力を呼び覚ます」2018/3/16
【18】「生きている、それだけで尊い」ことを伝えたい2018/3/13
【17】少女の心埋めた風俗「その時だけは大事にしてくれる」2018/3/12
【16】「ここはドラマの世界か」副園長が回顧2018/3/11
【15】「安心して過ごせる親だったら」願い切実2018/3/7
【14】なぜ私を産んだの 親と暮らせない子の葛藤2018/3/6
【13】「やっぱり、命かな」中学生が思う大事なもの2018/3/4
【12】家庭に帰せない 年末年始も変わらぬ光景2018/3/2
【11】子どもたちの笑顔が原動力 50年間支援続ける有志ら2018/3/1
【10】「今度は支える立場に」大学へ進む高3生の目標2018/2/28
【9】部活辞めた 未来見据えた16歳の決断2018/2/27