児童養護施設で暮らす子のほとんどは、何らかの形で親がいる。尼学では全員がそうだ。
麻美は幼児から尼学に来た。「家に帰りたい」。何かあるたびに言った。「いつでも帰っておいで」。母親も望んだ。
だが、母親は心や体を病んでいた。家の床はごみで埋め尽くされ、他のきょうだいも施設に入っていた。児童相談所は「帰さない」と判断した。
「家にさえ帰れたら…」。麻美の生活は乱れた。朝起きられない。学校に行けない。風呂に入れない。
働く意味も見いだせなかった。親が病気などで働けず生活保護で暮らしており、周りに働く人のモデルがいない。いくら職員が「働かないと生きていけないよ」と話しても、理解できなかった。
「現実逃避せざるを得ないんです」と副園長の鈴木まやが言う。
親と暮らしたい。でも、かなわない。ずっと葛藤の中におり、他のことへの気力が湧かない。普段は楽しそうに暮らしていても、いま自分に必要な課題と向き合えない。施設の子に多い傾向という。
受験、人間関係、将来のこと…。「親と暮らすことさえできたら、すべての問題が解決する」と思ってしまう。まるで、魔法のように。
ベテランの大庭英樹も、そんな子を多く見てきた。幼いころから施設で暮らすと、親のイメージが持てない。仮に年に数回の一時帰宅をしても、両親が本当はどんな人か知らない。「自分の中でいい親の像をつくり上げている」
そして、自己の存在が揺らぐ。一緒に暮らせないのなら、何のために私を産んだのか。私は生きていていいのか。何もしたくない。何も考えたくない。「だから、いまを頑張れないんです」(敬称略、子どもは仮名)
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