児童養護施設「尼崎市尼崎学園」。副園長の鈴木まやは、20年以上、卒園生を見送ってきた。
働いたり、家庭を持ったりし、社会の中で生きられている子たちがいる。その姿や便りにほっとする。同時に頭に浮かぶことがある。卒園せずに尼学を離れ、連絡が取れなくなった子たちだ。
家庭環境が十分に整わないまま、家に帰った子。よその施設に移った子。最終判断は児童相談所が行うが、懸念が消えない。「本当に帰してよかったのか」「施設としてもっとできたことがあるのではないか」「今は、どうしているのか」
近隣で起きた事件や事故、自殺のニュースを聞く度、心がざわつく。被害者、加害者、当事者。「知ってる子ではないか」。実際、何度も悲しい思いをした。ただ、その死を知らせてくれる友人がいる。その時だけ、思える。「孤独死じゃなかった。ちゃんと人とつながって、人の中で生きていた」
怖さをいつも感じている。子どもが抱えるしんどさに何もできない無力感も。逃げたいと思ったことは「何度も何度も何度も」あった。でも、続けてきた。
2年前は朝ご飯を食べられず、遅刻ばかりしていた子が、嫌いなものを食べられるようになった。泣くことしかできなかった子が、言葉で感情を表現できるようになった。ふとした時に気付く、小さな成長。それが再び足を踏み出す力になっている。
鈴木が言う。この子たちは、選んでここに来たのではない。自分と違い、どんなにしんどくても、やめることはできない。厳しい環境の中を生き抜いてきて、今も生きようとしている。それだけで尊いのだと伝えたい。
「だから、私がこの世界をやめることはないです」(敬称略)
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