その日はみんな、朝からそわそわしていた。昼ご飯は大好きなペペロンチーノとコーンスープ。おかわりもそこそこに、皿を置く。
「もうええのー?」。職員が尋ねる。玄関から弾んだ声が返ってきた。「餅、入らんようになるもん」
児童養護施設「尼崎市尼崎学園(尼学)」。蒸したてのもち米が石臼に運ばれてきた。全部で1斗。尼崎市内のクリーニング店有志らが毎年取り組む。たこ焼き、ポップコーンもある。有志の一人、保上幸二(74)が声を張り上げた。「わしらはもうきつい。中高生の子ら、頼んだで」
中学生の大和がきねを持つ。そこに莉子がすっと近づいた。同じようにきねを手にし、からかう。「初めての共同作業だね」。顔を真っ赤にした大和は、力いっぱいきねを振り下ろした。
保上が目尻を下げる。初めてここに来たのは半世紀前。ボランティアの言葉もなかった頃。「施設の子にも年中行事を」と気軽に始めた。
次第に楽しくなった。餅つき後のソフトボールは毎回白熱。「学園の子、強うてね」。1時間半の片道も平気。気付けば、自分たちの年中行事になっていた。
「兄ちゃん、兄ちゃんてひっついてきてね。愛らしいて」。小さな笑顔が今に続く原動力。「体が持つ限り続けたい」
餅がつき上がった。小学生の鈴音が口まわりを真っ白にして頬張る。みんながほほ笑む。書道に山遊び、勉強、散髪。多くの大人が尼学に携わり、支えてきた。その触れ合い、楽しい体験が子どもたちの心の器にたまっていく。
副園長の鈴木まやが言う。「少しでも器がいっぱいになって、社会に出る時、家庭を持つ時のエネルギーになればいいなと思う」(敬称略、子どもは仮名)
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