神戸市立道場小学校6年の奈緒が、卒業文集の冒頭につづった。
「私は5年生の10月に転校してきた。朝会台に立って自己紹介するときは、たった少しの言葉でも、震えて、とても怯(おび)えていた」
親と一緒に暮らせなくなり、1年半前に児童養護施設「尼崎市尼崎学園」に来た。それまでほぼ、学校に通っていなかった。人前で話したことも、子どもと接したこともない。どう声を掛ければいいのか。何をしゃべればいいのか。夜は眠れず、泣いて過ごした。頭やおなかの痛みが、2週間続いた。
尼学や学校での生活も初めてのことばかり。「リコーダーって何?」「水着ってどうやって着るん?」。授業も給食も他人との暮らしも、怖かった。
11月の音楽会が近づいてきた。小学校の一大行事。楽器も楽譜も触ったことがない。同級生が優しく教えてくれた。準備を手伝ってくれた。奈緒は必死で鍵盤ハーモニカを練習した。友達が言った。「こんな短期間で覚えるなんてすごいなぁ」。思わず跳びはねたくなった。
「人によって傷ついた心は、人によってこそ癒やせる」。尼学の副園長、鈴木まやが確信する。人と関わることで、好奇心や意欲が湧き上がる。自分の存在価値を認められることで、失った「当たり前」を取り戻せる。
奈緒が言う。「この先、同じように壁にぶつかり、悩むと思う」。でも友達がいる。成長を喜んでくれる大人も。みんなと過ごした日々が、大切と思える。きっと、乗り越えられる。
自信と期待を込め、文章を締めくくった。「いつでもどこでも何かを通してさまざまな人たちとたくさんしゃべっていけるといいな」(敬称略、子どもは仮名)
=おわり=
(記事は岡西篤志、土井秀人、小谷千穂、写真は三津山朋彦が担当しました)
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