火の根元を狙って放水しないと消火できない(画像提供:株式会社Meta Osaka)
火の根元を狙って放水しないと消火できない(画像提供:株式会社Meta Osaka)

東京消防庁で2年半、火災現場での消防・救助活動に従事した経験を持つ江畑翔吾さん。そんな江畑さんがオリジナルメタバースの開発や制作を行う株式会社Meta Osakaのプロジェクトマネージャーとして監修したゲーム「バーチャル消防士体験」が、従来の防災教育では難しかった「火災現場のリアルな恐怖体験」を安全に提供する防災教育ツールとして期待されている。

■Robloxでバーチャル火災を体験

「バーチャル消防士体験」は、約4分間のタイムアタック形式で、火災発見から119番通報、初期消火までの一連の流れをバーチャル空間で学習できる内容だ。住宅内で煙を発見し危険を察知する「火災発見」から、公衆電話からの「119番通報」、火元を見つけて放水する「消火活動」という流れになっている。

江畑さんが最もこだわったのは、火の根元に放水しないと消えない、煙で視界が奪われるといった「ちょっとしたリアル性」だ。さらに、室内全体が一気に燃え出す現象であるフラッシュオーバーが発生する様子など、火が小さくても危険である点を再現している。

江畑さんは、実際の火災現場で恐怖心が大きいのは「見えないこと」だという。例えば街中で、見るからに怪しい人物が包丁をもって近づいてきたら、危険を察知して逃げることができる。しかし火災は、寝ている間に火が回ると煙で出口が見えなくなっていることがあって、そのまま命の危険に直結するのだ。

■「命の覚悟」をした火災現場での実体験

江畑さんが「バーチャル消防士体験」の開発に携わった動機は、「とにかく火の怖さを知ってもらうこと」だった。従来の防災教育では、火の怖さを伝えきれていないことに限界を感じ、子どもたちが防災に興味をもちやすい「つかみ」としてゲームから始める発想に至ったという。

座学では伝えきれないリアルな体験や火の回りの早さ、煙で視界が奪われるパニックを、メタバース技術でリアルに体験させることを目指している。

「バーチャル消防士体験」は、世界に3億8000万人以上のユーザーを持つゲームプラットフォーム「Roblox」を活用しており、特別な機材は不要。そのため教育現場でも、比較的容易に導入できる。2025年3月には実証実験として、大阪府堺市教育委員会との連携で堺市立少林寺小学校の3年生18人を対象に、従来の消火器使用方法を教える授業と「バーチャル消防士体験」を組み合わせた防災教育が実施された。

児童たちからは「ゲームは楽しいけど、火災は怖い」という声が上がった一方、教員からは

「指導の仕方に感銘を受けました」と高評価を得た。

また「バーチャル消防士体験」は、「フラッシュオーバー」のほかにも密室で扉を開けたときに起こりやすい「バックドラフト」や焼けた床の一部が抜けるなど、実際の火災現場で発生する危険な状況も再現している。

■子どもと大人へ命を守るためのメッセージ

江畑さんは今後の展開として、ビル火災や高層ビルなど特殊な構造や難易度の高い建物に挑戦する内容を構想している。火災の危険性・怖さ、防災の知識を啓発していきたいという。

「バーチャル消防士体験」を通じて最も伝えたいメッセージは、子どもたちに対しては「火を消そうとしないで早く逃げることと119番へ通報すること」。ゲームではタイムを競って火を消すけれど、実際に火を消すのは大人がやる。子どもたちには、まず逃げてほしいと強調する。

大人に対しては、慌てていても的確に伝えるべきことを伝えられる「119番通報の仕方」や「消火器の正しい使い方」を伝えたいとのこと。

そして特に重要なのが「出口の確保」だ。非常口に荷物があって非常扉を開けることができず、煙や炎に巻かれて犠牲になった事例は少なくない。例えば映画館やホテルなどへ行ったら、最初に避難経路と非常口を確認しておく。また、子どもを連れていたらどう逃がすのか腹案をもっておくなど、大人の危機管理意識を変革したいという。

江畑さんは「1人でも多くの方に『本当の火災の怖さ』を知ってもらい、いざというときの行動に活かしてほしい」と力を込めた。

(まいどなニュース特約・平藤 清刀)