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第1部 はじまりの島

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 死後35日目の法要で参拝者がおにぎりを崖下に放り投げる。霊峰に今も伝わる、淡路島独特の葬送儀礼。

【4】だんご転がし ドラクエとおにぎり
崖の前で一斉におにぎりを放る参拝者=洲本市上内膳、千光寺(撮影・大山伸一郎)
崖の前で一斉におにぎりを放る参拝者=洲本市上内膳、千光寺(撮影・大山伸一郎)

 さわやかな春風が吹き抜ける島の真ん中に、先山(せんざん)(洲本市)が立つ。標高448メートル。国生み神話で一番初めにつくられたとされる霊峰は、あの大ヒットゲーム「ドラゴンクエスト」の作者堀井雄二さん(63)の幼少期の遊び場だった。ドラクエの着想も、先山から得たところがあるという。(小川 晶) 

 ドラクエの勇者の気分で一躍、山頂の千光寺(せんこうじ)へ。

 “モンスター”級の石段が現れた!

 「いちだん飛ばし」の技を使った!

 ばてた!

 水を飲んで回復した!

 何とか205段を征服する。境内の外れに、喪服姿の人たちがいた。

 崖の際まで行くと、くるりと背を向ける。何かを後ろ向きに放り投げる。

 のぞき込んでみた。茂みにピンポン球くらいの白い物体が点々と。カラスが、物欲しげに見つめている。

 -おにぎりだ。

ひつぎの上に魔よけの刃物
ひつぎに魔よけの刃物を置く風習も根強く残る。今は模造刀を使うことが多い=洲本市宇原、ベルコシティホール洲本
ひつぎに魔よけの刃物を置く風習も根強く残る。今は模造刀を使うことが多い=洲本市宇原、ベルコシティホール洲本

 「昔は米が貴重やったから、だんごを投げてたいうことやろう」

 「だんご転がし」と言いつつ、おにぎりを放る理由を、千光寺(せんこうじ)(洲本市)の岡本宜照(ぎしょう)住職(83)が説明する。淡路島に古くから伝わる葬送儀礼。「高山(たかやま)参り」や「施餓鬼(せがき)」、端的に「おにぎり投げ」と呼ぶ人もいる。

 儀礼といっても、故人の死後三十五日目に合わせ、親族がおにぎりを放る。それだけ。おにぎりの形は三角ではなく丸、ノリを巻いたり具を入れたりはしない、斜面に背を向けて放る-など、緩やかな決まりはあるが。

 島内各地の高い山で見られ、千光寺はその代表格だ。よく晴れた4月2日は、境内の端にある少し開けた場所から、6組が次々とおにぎりを放った。

 洲本市の会社員、鳥井淳司さん(59)は、81歳で亡くなった父の弔いに9人で訪れた。1人ずつ投げるのか、並んで一斉に投げるのか。ちょっとした議論になったが、「どっちでも構わんやろ」と順々にポイ、ポイ。1個余った。鳥井さんが「それじゃあ」と引き取り、ほぼ横向きの状態で、ポイ。終始、和やかな雰囲気が漂う。

 これまでに10回ぐらいおにぎりを放ったという鳥井さん。「意味を考えだしたら『別にやらんでもええやん』ってなる。『昔からやっとるしな』『亡くなった人が気持ちよう旅できたらええな』ぐらいの気軽な感じやから続いてるんじゃないかね」

 父の葬儀では、ひつぎの上に魔よけの刃物を置いた。出棺の際には「この世に戻らず、きちんとあの世に行けるように」と故人が愛用していた茶わんを割った。いずれも都市部では消えつつある習わしだが、特に意識して受け継いでいるわけではない。

ルーツは民間信仰とも
おにぎりを投げた後、六角堂で執り行う法要。閻魔大王と六地蔵にもおにぎりを供える=洲本市上内膳、千光寺
おにぎりを投げた後、六角堂で執り行う法要。閻魔大王と六地蔵にもおにぎりを供える=洲本市上内膳、千光寺

 「土着信仰を仏教が取り込んだ例は多い。お盆の墓参りなんかは典型やな」

 岡本住職は、だんご転がしのルーツを民間信仰に求める。死者の霊が山を登る時、行く手を邪魔する悪霊の気を引くために食べ物を投げる-。この伝承がいつしか、仏教で閻魔(えんま)大王の審判を受けるとされる三十五日目の法要と結びつき、餓鬼への施しで功徳を積む行為になったという。千光寺でおにぎりを投げた親族らは、その足で閻魔大王と六地蔵をまつる境内の「六角堂」へ移動し、別に用意したおにぎりを供える。

 でも、これも諸説の一つ。島内の寺院の多くが真言宗という事情が背景にあるとも言われるが、はっきりしない。

 テレビアニメ「まんが日本昔ばなし」でだんご転がしが紹介された際、発祥の地とされたのが「津名の奥座敷」と呼ばれる東山寺(とうさんじ)(淡路市)。檀家(だんか)がいない山奥の信者寺という点で千光寺と同じだが、文献などは一切なく、やはり起源は判然としない。

 由来はあいまいなまま、根強く残る珍しい風習にも、変化がみられる。

 漁師町の由良(洲本市)では、千光寺でだんご転がしをしていた住民の多くが、約10年前から地元の心蓮寺(しんれんじ)に頼むようになった。近くの山の麓からおにぎりを投げるものの、5メートルほど下は道路。木々がうっそうとした千光寺や東山寺とは大きく異なる。

 「仏さんに疎遠になっとる証しでは」。心蓮寺の林真康住職(48)が苦笑する。千光寺の険しくそびえる石段が、お年寄りにはきついというのが大きな理由だそうだが、「地元で済ませた方が楽」との思いも見え隠れする。

深まる謎と余韻…
法要を終え、一礼して寺を辞す参拝者=洲本市上内膳、千光寺
法要を終え、一礼して寺を辞す参拝者=洲本市上内膳、千光寺

 「ドラゴン何とか? 知らんなあ…」

 岡本住職が、首をかしげる。取材の終盤に、気になっていたことを尋ねてみた。

 洲本市出身の堀井雄二さんと先山(せんざん)との関わり、手掛けたゲーム…。どれもピンとこないようだ。「先山に影響を受けた人はたくさんおるやろうけど、『お世話になりました』って言うてくるわけでもないしなぁ」

 話題は、再びだんご転がしへ。岡本住職がある横文字を唐突に口にした。

 「おにぎりを投げた人の功徳はな、亡くなった人に譲り渡される。おかげで、レベルアップした死後の世界に行けるわけやな」

 …ん?

 「餓鬼への施しは、他者に対する思いやりや。投げた人も、功徳はなくなるけど、精神がレベルアップするわけや…」

 …レベルアップ?

 再び尋ねる。「本当に、ドラクエを知らないんですか」。けげんな顔の岡本住職。「知らんて。ゲームとか、詳しくないんや」

 霊峰に伝わるだんご転がしの謎は、妙な余韻と混ざり合い、さらに深まっていった。

【先山と千光寺】
神戸新聞NEXT
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 「国生み神話」で、イザナギとイザナミが淡路島をつくったときに最初にできた山ということから「先山」と名付けられたとされる。優美な山容から「淡路富士」と呼ばれ親しまれてきた。山頂にある千光寺からの眺めは「洲本八景」の一つに数えられる。狩人が大イノシシに化身した観音菩薩(ぼさつ)に導かれ、先山にたどり着いて開基したとの縁起が伝わり、境内には駒猪(こまいのしし)が鎮座している。

 

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