第1部 はじまりの島
万能野菜のタマネギは、健康だけでなく淡路島の観光にも効果あり。宝物を生かすブランド戦略は着実に根付いている。

淡路島の南の端、大鳴門橋を眺めに行くと、おお、大きな黄色い謎の物体が。
人気前衛アーティストの作品か? 大ヒットゲーム「ドラゴンクエスト」原作者の出身地だけに、キャラクターのスライムか?
その名も「おっ玉葱(たまねぎ)」。南あわじ市福良丙(へい)の観光施設「うずの丘大鳴門橋記念館」に昨春お目見えした、高さ2・8メートル、直径2・5メートルの巨大オブジェだ。
それだけじゃあない。
昼の長寿番組で見かけるような、タマネギヘアーのかつらも用意。見渡せば、顔出しパネルも、ベンチもタマネギ。クレーンゲームも、生のタマネギが入った「たまねぎキャッチャー」だ。
休日ともなると、記念撮影する人がひっきりなしに訪れる。だが、「7年ほど前までは、団体客が去ると閑古鳥が鳴いてました」。
まさに、タマネギさまさま。健康だけでなく、島の観光にも効く、万能野菜の面目躍如だ。

大鳴門橋記念館の開館から四半世紀を経た2011年、飲料メーカーによる自動販売機設置の営業がはじまりだった。
「タマネギを自販機にプリントしてくれたら、と頼んでみると、やってくれたんです」と広報の宮地勇次さん(32)。これが当たり、写真をSNS(会員制交流サイト)に投稿する人が現れ、口コミで広まった。
宮地さんは東京からのUターン。南あわじ市の実家はタマネギ農家だが、「島を出て、おいしさに気づけた」と話す。「意外と知られてない淡路のほんまもんを発信したい」と、地元食材のハンバーガーやメニューの開発とともに、若手で企画を練りだした。
たまねぎキャッチャーも、元はポスター用の企画会社案だったが、「シュールで受ける」と撮影中に設置を決め、ネーミングや飾り付けも自分たちで手掛けた。
「面白そうだと足を運んでくれるリピーターを増やし、島全体を活性化したい」と宮地さん。島の恵みは皆のもの。「自分とこのことだけ考えてたら伝わらないと思う」
タマネギ碑のある農業公園「淡路ファームパーク・イングランドの丘」(南あわじ市八木養宜上(ようぎかみ))では、「オニオンピック」を09年から毎年開催する。数ある“競技”の中でも大声コンテストは名物企画だ。
「タ・マ・ネ・ギ~!!」と4文字を青空に響かせ、大人も子どもも満足そう。女性1位は神戸から来た金井祐子さん(33)。「3年前から毎年出てる。こんなの、ほかではあり得ない」と景品のタマネギを手に笑う。

あふれんばかりの「タマネギ愛」も、淡路島のブランドあってこそ。
収穫のピークは6月。梅雨に打たれてしまわぬように、田の水張りに間に合うように、中生(なかて)、晩生(おくて)と休みなく家族総出で作業する。
畝から引くと、葉っぱを残し、20個ほどをひとくくりに。山になるほど農民車に積んで、運び込むのはタマネギ小屋だ。風の吹き込む素通しの小屋に、「なる」と呼ばれる横木を渡して、次から次へと掛けていく。
自然の風で乾燥させる「つり玉」は、伝統の貯蔵法。「葉が枯れるまで養分がいくから味が違うと思う」と元淡路農業技術センター次長の谷口保さん(89)。同センターの研究によると、つり玉の貯蔵後は、ピルビン酸含量が低下して辛味は薄れ、糖含有率が高くなり甘みが増す。柔らかさの食味評価でも、他を上回る。外皮も赤みが増して、鮮やかになるとの成果が出ている。
それでも目立って価格が伸びたのは、この10年ほどのこと。「1キロ当たり100円がなかなか出ない時代があった」とJAあわじ島の出口智康販売部長(54)は振り返る。
淡路に代わって全国2位の産地に躍り出た佐賀産が、京浜市場への出荷を増やしたことなどが背景にあったという。安価な外国産の攻勢があり、産地偽装の問題もあった。数と価格の前に、淡路産は陰に隠れた。

それが昨年の市場価格は、佐賀産の病害もあるが、8~12月はキロ200円を超えた。地域団体商標「淡路島たまねぎ」を取得したのは、2010年。品質保持や安全性の確保と、大消費地でのCMや拠点販売など地道な努力が実を結んだ。
地域団体商標の使用者数は意外なことに、淡路市と洲本市で75%を占める。南あわじ市で9割を生産しているにもかかわらず、だ。
生産者の規模が小さい分、農協や商社への出荷より、直売する傾向が強い-というのが関係者の見方。「商標があれば、お客さんに対して分かりやすい」。淡路市小田で「才田(さいた)農園」を営む黒田美福(みふく)さん(40)は言う。
レタスを中心にタマネギも漢方由来の肥料で栽培。神戸市内の直売所のほか、ハーバーランドの産直イベント「カルメニマルシェ」にも出店する。「ゆくゆくは自前でラベルやポスターを作りたい」とPRを図る。
大きな二つの橋が架かり、インターネットの普及もあり、消費者との距離はぐっと近くなった。需要拡大の余地はあるが、高齢化で農業人口は減少。重労働のつり玉は、コンテナ乾燥へ機械化しつつある。
それでもタマネギ小屋は、失うには惜しい淡路島の風景。手間暇掛けたつり玉が、付加価値として価格に反映されるようになれば、景観も守られるかもしれない。
食べてよし、眺めてよし。島おこしのアイテムとして、まだまだ魅力を秘めている。(記事・田中真治、写真・大山伸一郎)

タマネギを乾燥・貯蔵するための小屋で、大阪・泉州から伝わった。淡路型は間口2間に奥行き3間(約4×6メートル)。上下7段掛けが一般的だが、9段もある。木造・瓦ぶきの小屋が今も残るが、昭和40年ごろから鉄骨に変わった。農民車や農機具置き場としても使われている。コンテナ貯蔵、除湿乾燥や通風乾燥などの機械化により、つり玉をしていない小屋も少なくない。