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第1部 はじまりの島

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 子どもが可愛らしく成長するよう願い作られる「ちょぼ汁」や、農家が作業の合間に食べたという「いびつ餅」。淡路に伝わる郷土食の調理法を紹介する。

【番外編】御食国のゆくえ 育ち続ける食彩の島
野菜、魚、肉…。四季を彩る島の幸と、趣向を凝らした加工品の数々=南あわじ市八木養宜上、美菜恋来屋(撮影・大山伸一郎)
野菜、魚、肉…。四季を彩る島の幸と、趣向を凝らした加工品の数々=南あわじ市八木養宜上、美菜恋来屋(撮影・大山伸一郎)

 自動ドアを抜けると、土の匂いが広がった。入り口に展示されている「農民車」。淡路島の象徴がでんと居座るその向こう側に、400点を超える生鮮・加工食品が並んでいる。

 6月中旬、南あわじ市の直売所「美菜恋来屋(みなこいこいや)」。目に付いたものを手にする。タマネギ、ビワ、レタス、タイ、ハマチ、牛ロース…。あっという間に、テーブルがいっぱいになった。

 橋が架かり、積極的なPR戦略もあって、島の“食彩”は成長の一途だ。裏作の一つだったタマネギが、日本を代表するブランドになった。農家が田植え終わりに食べたサワラは、生シラスに次ぐ丼の具材として注目を集めている。

 豊かな風土が育んできた一片が、スポットライトを浴びて「特産」に。一方で、華やかな舞台とは一線を画しつつも確かな彩りが、島にはまだまだある。

 日常に溶け込み、淡々と、脈々と。

おちょぼ口になりますように
豊かな風土が育んできた郷土料理の作り方を教える沢井淑子さん(右)=洲本市宇山2、春陽荘(撮影・大森 武)
豊かな風土が育んできた郷土料理の作り方を教える沢井淑子さん(右)=洲本市宇山2、春陽荘(撮影・大森 武)

 どろっとした汁に、小さな豆と白いだんごが浮かんでいる。知らない人がおわんを見たら、十中八九「ぜんざい」と言うだろう。そして、一口食べて驚くだろう。「全然、甘くない」と。

 淡路島に伝わる郷土料理「ちょぼ汁」だ。小豆のように見えるのはササゲ豆。ズイキと呼ばれるサトイモの茎も入っている。

 5月21日、国登録有形文化財の邸宅「春陽荘(しゅんようそう)」(洲本市)で、地元の食をテーマに料理教室が開かれた。講師の沢井淑子さん(75)が解説する。「お乳がよく出るようにって、出産直後の女性に母親が作ってあげるのよ」

 呼称には、生まれた子どもが「かわいいおちょぼ口になるように」との願いが込められているそうだ。昆布のだしが効いた素朴な味わい。参加した洲本市の会社員川口歩美さん(29)が「小さい頃は好きではなかったけど、久々に食べたら体に良さそうな、染みるような感じ」と笑いながら箸を進める。

自生する葉使う「いびつ餅」
(上から時計回りに)淡路島北部に伝わる「こけら寿司」、あんを詰めた餅をいびつの葉でくるんだ「いびつ餅」、ササゲ豆とズイキが入った「ちょぼ汁」
(上から時計回りに)淡路島北部に伝わる「こけら寿司」、あんを詰めた餅をいびつの葉でくるんだ「いびつ餅」、ササゲ豆とズイキが入った「ちょぼ汁」

 献立には「いびつ餅」もあった。「かしわ餅」と似ているが、葉っぱが異なる。淡路島に自生し、「いびつ」と呼ばれるサルトリイバラを使う。農家が作業の合間に食べていたというが、手作りする家庭は減っている。

 川口さんが日々の食卓を思い浮かべる。「野菜とか魚とか、なるべく旬の食材を使うようにはしているけど、パッパッとできるメニューを優先してしまいますね」。もち米を蒸して練り、裏山に分け入って葉っぱを採る。確かに手間はかかる。

 島の北部に伝わる「こけら寿司」もそう。ベラやシログチといった魚の身をほぐし、小骨を取り除いて包丁で細かく刻んでいく。味付けは単純だが、やはりコンビニエンスでもファストでもない。

「古い血を下す」という知恵
淡路島の食材を使った料理教室のメニュー。野菜を添えたローストビーフは、もちろん淡路島産の牛肉だ=洲本市宇山2、春陽荘(撮影・大森 武)
淡路島の食材を使った料理教室のメニュー。野菜を添えたローストビーフは、もちろん淡路島産の牛肉だ=洲本市宇山2、春陽荘(撮影・大森 武)

 「最近は、郷土料理を学びたいという需要がそもそも少ない。今の家庭の食卓に入っていく余地がないというか、とっぴな感じがしてしまうのよね」

 沢井さんが打ち明ける。大阪の専門学校で調理を学び、1966年から洲本市で「淡路クッキングスクール」を主宰する。地元の食材や伝統料理へのこだわりは強いが、若い世代と意識の違いを感じることがある。

 印象に残っているのが、数年前にちょぼ汁を作った時の参加者の一言だ。「なぜササゲやズイキを使わなければいけないんですか。スーパーとかで簡単に手に入るもので代用すればいいでしょう」

 出来合いの総菜が店頭に並び、スマホをいじれば手軽さを売りにしたレシピがいくらでも見つかる時代。「ササゲやズイキは栄養価が高く、古い血を下す」という先人の知恵が伝わりにくくなってきている。

「国生みの島」の半世紀後は
神戸新聞NEXT
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 生活が便利になり、明石海峡大橋の開通で流通形態も一変した。こうした外的な要因に加え、沢井さんは淡路島の風土や環境も影響していると考えている。

 例えば、冬の寒さが厳しい土地では、保存食に創意工夫を凝らし、時代が変わっても大切に受け継いでいく。一方で、資源豊かな海に囲まれ、温暖で農業や畜産業にも適した「御食国(みけつくに)」の淡路島。春夏秋冬、その時その場所でとれた新鮮なもので暮らしていけるだけに、一つ一つの食に対するこだわりが薄いように感じられるという。

 「花とミルクとオレンジの島」のフレーズが生まれてから半世紀余り。多彩な食を売りに多くの人々が訪れる「国生みの島」は、さらに半世紀がたったとき、どのような姿に変わっているだろうか。

(記事・小川晶、写真・大山伸一郎 大森 武)

   =第1部「はじまりの島」おわり=

 

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