東京・霞が関の運輸省。六階の海上技術安全局で、〓川次男水先係長は、戸惑いを隠せない表情だった。
「安全でみれば基準を厳しくするのが筋だが、このご時世に規制強化も難しい。本来、安全を守り、運航能率を上げる制度がポートセールスの障害になっているというのですからね」
五月二十日、同省は「水先問題検討会」の初会合を開いている。
メンバーは海上保安庁や商船大学、船主協会、船長協会関係者ら。全国各港の水先制度を検討のそ上に乗せるが、きっかけは神戸市が昨年夏に出した基準見直しの要望だった。
神戸港と大阪港はともに五大港の一つで、法律的には同じ格付けの「特定重要港湾」に属する。だが、水先人乗船が義務付けられる外航船の基準は、神戸港の三百トン以上に対し、大阪港は一万トン以上。
違いはコストにはねかえり、五千トンの外航船がポートアイランドに入ると、約十一万円の水先案内料がいる。大阪はいらない。震災後、寄港先を大阪へ変えたまま、戻ってこないケースもあり、神戸市は「不平等だ」と指摘し続けてきた。
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震災は、ミナトでのさまざまな規制の実態を浮かび上がらせた。半ば慣習的に神戸を利用していた船が、いったん他の港を利用するとその違いがはっきり見えてくる。
五月二十二日に東京で開かれた経団連など主催の経済復興シンポジウム。会合でアピールを発表したその足で、牧冬彦・神戸商工会議所会頭らは官邸に橋本首相を訪ねた。
神戸港を「規制緩和モデル地区」に指定、関連諸規制の緩和、手続きの簡素化を進めるよう訴えた。
代理店などによると、入港に際し必要な書類は多い時で二十数種類になる。神戸市、税関、入管など各官庁への持参が原則で、船が来るたび、一つひとつ回らなければならない。電算化が進んでいるシンガポールや韓国・釜山などと比べると、時間がかかる分、コストもかさむ。
要望を受け、橋本首相は二十四日の閣僚懇談会で、「神戸からアジア各港に移った船も時間がかかると戻ってこない」と、早急な検討を指示した。
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運輸省は今、市や関係団体から聞き取り調査を始めている。並行して国内各港でバラバラだった入港書類の様式を統一、電算機でデータ交換するEDIシステムの検討に取り組む。
牧会頭は、ようやく検討が始まったことを評価しながらも、その後の会合で「首相に直接お願いしなければ進まない現状はいかがなものか」と国の対応に苦言を呈している。
水先問題検討会の初会合は、運輸省が水先制度や入港隻数など各港の現状、各国の取り組みなどを説明して終わった。七月中の第二回会合で、シミュレーション、現地調査の実施などを確認する予定だ。
水先問題は安全が絡むだけにすぱっとは割り切れない。阪神パイロット協会の大元昇組合長は「コストのみを優先していいのか」と緩和に疑問も投げ掛ける。
「神戸港が今後どうなるか注目されている。施設がきれいに直って『前と何も変わらなかった』では駄目だ」と市港湾整備局の金田弘司主幹。
当の市も利用者のコスト軽減を目指し、施設使用料金制度見直しの検討を始めた。だが、改革はどれもまだスタートラインに立ったばかりだ。
(注)〓は「魚」へんに「生」
1996/7/14