昨年の紀伊半島沖地震、相次いだ台風。芦屋浜シーサイドタウン(兵庫県芦屋市)の超高層マンションは、メトロノームのように揺れた。そのたび、建物のきしむ音が響いた。
「今にも倒れるかと思うほどだった」。二十九階建ての二十三階。仲俣利晴さん(55)は不安な表情を見せた。
超高層ビルが大きく反応する「長周期震動」は、東南海・南海地震のような海溝型地震で発生しやすい。震源地から遠くにまで伝わるため、芦屋浜の場合、九州の地震で揺れることもある。周囲の住宅がじっとしている中で、超高層だけがぐらぐらする。
阪神・淡路大震災後に完成した神戸市灘区の超高層マンションでは、三年前、ぼや騒ぎがあった。十八階に住む池田弘子さん(68)はエレベーターで逃げようとした。が、上階からの乗客でいっぱいだったため、素通りされた。「災害のたびに、歩いて逃げるしかないのかねえ」
建築学の粋を集め、眺望や利便性が人気を集める超高層ビルだが、防災上の弱点はないのか。日本建築学会と土木学会は昨年、その耐震性や避難のあり方について共同研究を始めた。
「超高層は長周期震動の洗礼をまだ浴びていない。実際には、分からないことが非常に多い」。東京都立大学の西川孝夫教授(耐震工学)は言う。
東南海・南海地震の揺れを推定し、コンピューター上で超高層ビルを揺らす研究を始めた。「倒れることは考えにくいが、あくまで欠陥がなければの話。設計時の想定以上の負荷が建物にかかるのは明らか」
エレベーターの停止時、高齢者や障害者をどう避難させるか。長時間揺れ続けると、心理的にどんな影響があるのか。未解決の課題は多い。
戦後、都市への人口集中が急速に進んだ日本。都心のビルは空へ向かって伸び続けた。流入する人間の受け皿として、広大な住宅地が造成された。巨額を投じる「土建型」のまちづくりが定着した。
阪神・淡路後の「防災」も、その延長にあった。壊滅した街で「安全」を掲げた再開発が進められ、高層ビルが林立した。三木市の三木震災記念公園など、巨大な防災拠点が郊外で整備されている。神戸空港も、防災拠点としてアピールされる。
ドイツの保険会社の試算では、世界で最も災害リスクが高い都市は東京。災害の起こりやすさに比べ、街はもろく、大きな経済的ダメージを受けやすい。京阪神地域も世界四位。ニューヨーク(五位)を上回る。
「都市の過密を解消し、地方にリスクを分散すべき」との議論もある。だが、政府は「国際競争力の向上」を目指し、そのための「都市再生」を進める。地上五十階を超えるビルがそびえ立つ東京の六本木、汐留…。防災の思想は薄い。
阪神・淡路では、十兆円といわれる被害総額に対し、十六兆円以上の復興事業費が投入された。道路や港湾などのインフラは急速な復旧を遂げた。神戸市内には、国際防災機関も次々に誘致された。
一方、防災白書などで示される都道府県別の指標をみると、兵庫は決して「防災先進県」ではない。
小中学校の耐震化率は、全国で二十六位にとどまる。地震保険の加入率も、同じ二十六位。防災無線整備率は四十二位だ。
自主防災組織の結成率は四位だが、実際にはほとんど活動していないケースも多い。コミュニティーは機能を弱め、被災体験を持たない「新住民」に教訓を伝える仕組みも十分ではない。
巨額を投じ、「安全」を目指した被災地の十年。それでもなお残る危険がある。そして、復興の過程で新たに生まれた危険もある。
2005/1/12