「コーヒー一杯より安いカンパ」
そんな合言葉のもと、二〇〇三年八月、神戸市職員有志が「あじさい基金」を設立した。財政的に苦しい民間非営利団体(NPO)などの支援が目的だ。登録すると毎月二百円が給料から引き落とされ、積み立てられる。一年目は約二十人が登録、二万六千円を特定非営利活動法人(NPO法人)「しみん基金・こうべ」に寄付した。
代表を務める觜本郁(はしもと かおる)さん(51)は東灘区役所勤務。市が六年前から始めたNPO体験研修に参加し、「支える仕組みを、できることから」と基金創設を提案した。一緒に研修に参加した若手職員らが賛同した。
アジサイのように、小さな花が集まれば大輪になる。そんな願いを込めたが、登録者はなかなか増えない。参加を促すと「遠慮しとくわ」。反対する人がいるわけではない。
「得体(えたい)がしれないものに、かかわりたくないんでしょう」と觜本さん。
この十年、行政が事あるごとに口にしてきた「協働」。市民と行政が協力し合う意味として、震災の二年前、神戸市の基本構想にすでに盛り込まれていた言葉だ。広辞苑では、一九九八年改訂版に初めて登場する。
その理念は、復興過程で自ら地域の課題に取り組んだ住民、NPOの姿に具体化された、と神戸市や兵庫県は評価する。
しかし、神戸空港に象徴される将来のまちづくりをめぐり、住民と行政の対立は繰り返された。「協働」の言葉の陰で、市民の意見が片隅に追いやられる場面を私たちは目にしてきた。
神戸市は二〇〇四年、パブリックコメント、市民活動支援、行政評価の手続きを「協働・参画三条例」で定めたが、住民投票の規定は避けた。地域活動に助成する「パートナーシップ活動助成」の要綱では、「市の計画に反する活動でないこと」とくぎを刺した。
兵庫県も参画協働推進条例を制定した。一時は県民が施策実行に一定の責務を負う「準公職」の制度化も目指したが、官による市民活動の制約につながりかねないと反発を受けた。
行政の立場は守りながら、市民に義務と負担を求める「協働」では、芽生えた市民活動を消耗させていく。
「行政にとって、NPOはいまだ下請けの域を出ない」。NPO法人「コミュニティ・サポートセンター神戸」の中村順子理事長はそう指摘しつつ、現状をNPO自身の弱さとしても受け止める。同法人も、事業収入の六割は行政からの委託事業だ。
「大事なのは官の世界に入り込むことではなく、市民と市民がどう力を合わせていけるか。その原点を忘れないで」。九八年のNPO法成立を仕掛けた一人、「シーズ・市民活動を支える制度をつくる会」(東京)の松原明事務局長がいう。
「震災は、行政マンとしての“敗戦”だった」。そう語った県幹部がいた。「地域の力を阻害してきたのは行政だった」と話す神戸市幹部もいた。
現場のニーズとかみ合わない法制度、市民から浴びた批判、それゆえに心に残る感謝の言葉…。多くの行政マンが、震災当時を語るとき謙虚になる。しかし、それは個人の思い出話に閉じ込められることが多い。震災で問われた官の限界は、行政の意識改革や社会の新たな仕組みを実らせるまでには至っていないように見える。
神戸市のNPO体験研修に参加した職員がこんな感想を寄せていた。
「NPOの活動は、最も市民に近い公共事業ではないか」
「公」を担うのは役所だけではない-。市民活動の現場で、そんな当たり前のことに気付いたのだろう。
アジサイの花は、一片一片を積み重ねていくしかない。大輪の咲く日を、見果てぬ夢で終わらせないために。
2005/1/10