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(1)もがき 答え出す途上 未来像 喪失の意味を問い、描く
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 会いたい人がいた。

 今、二十三歳。阪神・淡路大震災のときは中学一年だった。神戸市長田区の自宅は全壊した。四十三歳の父を亡くし、母方の実家がある兵庫県明石市に移り住んだ。

 彼女と初めて出会ったのは、六年前だった。

 当時取材した子どもたちの多くは、必死で涙をこらえようとしたが、彼女は違った。とめどなくあふれる涙を隠そうともせず、父の思い出を語る姿が強く印象に残った。

 十年間、私たち記者は「復興とは何か」を自問し、議論してきた。これまでも、そして今現在も、その形をつかみあぐねている。

 答えを求めて被災地を歩くとき、思い起こすのは、この街の未来像を描いた役人や学者の姿ではなく、なぜか彼女の泣き顔だった。

 建築の専門職として兵庫県外の市役所に勤め、一人暮らしをしているという。震災後の十年という歳月を、どうとらえているのだろう。

 質問に、彼女は思案した。

 震災遺児が亡き父の遺志を継ぎ、造園家を目指すNHKの朝のドラマを見た親類から、「重なって見える」と言われた。

 しかし、自分にとっての十年は、美しい成長の軌跡でも苦労の連続でもない。日々の平凡な営みの積み重ねだった。震災後すぐに神戸を離れ、被災地の混乱もよく知らない。震災体験は一人ひとり違うし、「十年間頑張って、こうなりました」と単純に言えるものでもない。

 苦労したのは、夫を失い、慣れない仕事を始めた母だろう。自分は年を取るごとに自由になっていくのに、母はいろいろなものを背負っていく。

 母からは震災の話を聞いたことがない。何を思っているのか、親子でもよく分からない。ただ、十年を前に、祖母が「あっという間やったなあ」とふと口にしたとき、母は「そんなことない」と怒ったように言った。そう、祖母から聞かされた。

 目の前の彼女は、また泣いていた。

 「悲しいとか、つらいとかじゃない」という。自分でも記憶にないような小さな出来事が重なり合い、大きくなって、心を揺さぶる。ぽつりぽつりと語りながら、彼女は震災からの出来事を反すうしているようだった。

 「まだ、整理がついていないのかな」。涙に笑顔が入り交じった。その表情に、彼女の十年が凝縮されているように思えた。

 復興はしばしば、数字や経済で語られる。敗戦の十一年後、「もはや『戦後』ではない」と書いたのは経済白書だった。

 神戸市は昨年十一月、推計人口が震災前を上回った。来年には、神戸空港が開港する。空港のそばで進む医療産業都市構想は、神戸経済を活性化させるという。

 「信じられない速さ」と世界が称賛する。その速さにどこか疲労感が残る。数字で語られる復興と現実との乖離(かいり)が、むなしい。戦後六十年という時代の「復興観」が見えない、とでもいえばいいだろうか。

 「十年、十年」とざわつく被災地で、遺族らと出会うたび、「復興とは」という問いにぶちあたった。

 子ども二人を失い、「孫の顔が見たい。かなわないことだけど」と言った父親。妻と子の名がある慰霊碑を訪ねた後、「そっちに行ってもいいか、と聞いたんだ」とつぶやいた人。「風化」という言葉に、「あり得ない。みんな胸の中にしまっているだけ」と、少し憮然(ぶぜん)とした人。

 十年間ずっと亡き息子の腕時計を身に付け、靴を履き、アパートの跡地を訪ねる父の姿もある。年を重ねていく背中を見るたび、復興の議論が置き去りにしていくものを思う。

 「失ったものを議論するのは、後ろ向き」という批判がある。しかし、この十年の復興議論は、破たんを薄々感じながら、右肩上がりの時代の幻想のなかで、無理やり前を向いているようだった。日本という国がまだ若かった時代の「戦災復興」と同じ理論で、街に線を引く手法には、希望が見えなかった。被災者の痛みを知らない学者の上滑りな提案は、心に響かなかった。

 作家の柳田邦男さんは、「喪失体験の意味付け」が大切だと言う。

 もがきながら、格闘しながら、自分で自分の人生に答えを出していくということ。一人ひとりの人生の文脈の中で、喪失の意味を考えていくこと。

 時間はかかる。が、それが災害からの復興過程を生きるということなのだろう。

 現代の新たな「復興観」を探り当てる途上に、私たちはいる。

    ◆

 地震を経験した記者も、していない記者も、被災地で生き、取材してきた。自分たちの無力さも感じた。そして、この第五部を書いている。十年を見つめ、十年以後の道のりをどう歩むのかを考えたい。

2005/1/1
 

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