ゴゥン、ゴワァァン! ボートの大きな加速音が響く。兵庫県尼崎市水明町の「ボートレース尼崎」。日々のレースは尼崎市と伊丹市が主催し、プロレーサーたちが熾烈(しれつ)な争いを繰り広げる。その陰で、競技などを円滑に進めるために奮闘するスタッフたちがいる。尼崎市ボートレース事業部開催運営課の職員、九鬼宜史(くきよしふみ)さん(28)の1日に密着した。(浮田志保)
■ネットで新展開
10日の午前10時半すぎ、第1レースが始まった。六つの艇が時速80キロ以上で600メートルのコースを3周し、順位を競う。
まだ客はまばら。観覧席のある施設5階の事務室で、九鬼さんは真剣な表情でパソコンを見つめていた。
画面に表示されているのは、動画投稿サイト「ユーチューブ」。コロナ禍で思うようなサービスができない中、愛好者が予想する様子やレースを生配信すると、舟券の電話投票が順調に伸びる。アクセス数や世代、コメントをチェックして出演者らに伝える。
「若いファンが増えているんです。時代に合った番組を作っていきたい」
■危険と隣り合わせ
この日は格付けのない「一般戦」の12レースがあり、目玉は最終の「マクール杯」優勝戦(決勝)だ。時には高額賞金が付く「重賞戦」が開かれる日もある。
業務はレース当日にとどまらない。来月の重賞戦に向けて選手名簿を確認し、広告会社とイベント内容を打ち合わせる。ほぼ同時進行で、当日優勝戦の表彰式に関する資料を作り、記者や関係者に配っていく。
そのさなかの正午すぎ、数十人いる事務所がざわついた。数人が部屋の中継モニターを見てつぶやく。
「まずいんじゃない…」
第4レース。転覆した艇の上に後続が乗り上げてしまった。救助艇が出動し、幸いにもけが人はいなかったが、事故となれば救急対応や関係機関との業務連絡に追われることになる。
■「まくり」の妙味
午後1時ごろ。選手が集まる競技棟で「おめでとうございます!」と九鬼さんらの明るい声が響いた。
スタッフたちが祝ったのは、第3レースで1位となった河上哲也選手(50)。理由は、決まり手の「まくり」を決めたことにある。
まくりは、内側の艇を外側から抜く大技だ。尼崎のレース場は波が少なく、最も内側の1コースが首位になることが多いため、レースを盛り上げようと最近「まくり賞」を創設した。
「ガチャガチャ」で記念品を当ててもらい、客にも抽選でプレゼントする。出たカプセルを見て「お肉でした!」と河上選手。レーサーのやる気を引き出すのも裏方の大切な仕事だ。
■楽しみ方を広げる
午後4時半ごろ、優勝戦が迫ると客も増えてきた。
特別に入らせてもらった艇乗り場は薄暗い。4日間の予選、準優勝戦を勝ち進んだ選手たちが現れ、張り詰めた空気の中、競技委員長の「乗艇!」との掛け声で乗り込んでいく。
レース場中央の大時計が回り、それぞれ助走しながら、針が「12」を指すとレース開始。ごう音が響き、旋回時にしぶきが舞うと、九鬼さんが教えてくれた。
「選手がどのモーターを使うかはレース数日前まで分からない。癖を見抜いてどんな戦略を立てるかも、腕次第なんです」
そう聞いて、加速音に想像を広げるのも面白い。1コースの石田政吾選手(51)が首位でゴール。観客席を見ると、手を上げる若い女性客もたくさんいた。
午後5時半、売り上げを確認しながら九鬼さんが言った。「今はプライベートルームや子どもルームも整備し、客層も変わってきました。もっと家族連れが楽しめる場にしていきたい」