両親の介護の様子を記録した兵庫県芦屋市の女性の動画が、民間企業の動画コンテスト「R65全国どきTuberコンテスト」で入賞した。高齢で言葉が出づらくなった父、認知症の母と過ごした2年5カ月を、優しいタッチの絵日記とともに2分56秒の映像に収めた。(村上貴浩)
買い出しから戻るとまさきさんは拍手、あいこさんはいい子いい子。幾つになっても親ですな。
大きな買い物袋を抱えて戻ってきた菊谷早苗さん(64)=芦屋市=を、高齢の父谷森政喜さんと母愛子さんが幼子を見るように褒める。動画に収められた絵日記の一場面だ。絵画教室で講師を務める早苗さんが自ら手がけた。
2020年12月。広島で暮らす母が倒れたと、父から電話があった。言葉をうまく出せず、父は受話器の向こうでただ泣き続けた。すぐに看護師に連絡した。母は自宅で転倒し、数カ所を骨折していた。1カ月の入院が必要となり、早苗さんは両親の介護のために故郷へ戻ることにした。
父は老衰が進むと、夜中でも手をたたいて早苗さんを呼ぶ。抱えてトイレに連れて行くがうまくできずベッドに戻り、15分もたたずにまた呼ばれる。「意思疎通が難しいので、してあげたくてもできないことがジレンマだった。『自分が倒れたらダメだ』という切迫感も苦しかった」。精神的にも体力的にもすり減る日々が続いた。
そんな中、長女の友理さんが「絵を描いて、2人の姿をいっぱい撮って」とタブレット端末をプレゼントしてくれた。幼い頃から絵を描くことが好きだった早苗さん。タブレットの絵画機能や撮影機能を使い、記録し続けた。「絵を描くことで心の整理ができた。『しんどい』じゃなくて『かわいい』瞬間を絵にして日々を乗り越えた」
そのうち、友理さんから「動画コンテストに応募したら」と声をかけられた。出版事業などを手がける「ソーシャルサービス」(東京都)が65歳以上が制作、出演している動画を募集していた。テーマは、いとおしいと思う瞬間や人を撮影する「I Love」。家族のために、自分のために残してきたイラストや映像を編集し、応募すると、約250点の中から「人生100年時代応援賞」に選ばれた。
動画は、自分の顔を指さしながら名前を尋ねる息子に「どこに書いてるの」と愛子さんが笑顔で返すシーンや、政喜さんの誕生日に夫婦で巨大なプリンを食べるシーンなどで展開。そして政喜さんが91歳の生涯を終える場面に続く。
海の男だったまさきさん。船であいこさんとであいました。さいごにあいこさんにおでこにチューされて、ほほ笑むように、安心したように天国への航路へと旅立っていきました。
最後は、船乗りだった政喜さんの遺骨を長年の「職場」だった瀬戸内海に散骨した。愛子さんが間違って骨を口に入れてしまうハプニングがあったが「一緒になりたかったのかな」と家族で笑い合ったという。
早苗さんは「幸せがいっぱい。両親との日々を動画に残しておいて良かった。今でも父が近くにいるような感覚。同じ境遇の人の励みになればうれしい」と笑顔で話した。