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楽曲を作るニシオカナヲトさん(提供)
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楽曲を作るニシオカナヲトさん(提供)

 ♪俺たちの報徳は 今も心にある♪。報徳学園高校(兵庫県西宮市上大市5)のOBで歌手のニシオカナヲトさんが楽曲「俺たちの報徳」を制作し、収録したアルバムをリリースした。報徳のOBたちから学園時代の思い出を募って歌詞にし、力強く歌い上げる。「すべての生徒、卒業生が幅広い世界で活躍するよう願っている」とエールを込める。(村上貴浩)

 ♪武庫川にそびえ立つ俺たちの学園

 歌はそんなフレーズでゆっくりと始まる。

 ニシオカナヲトさん、本名は西岡正彦さん(55)。神戸市灘区の出身で、小学生の時にテレビで音楽グループ「アリス」を見て、歌手に憧れを抱いた。

 報徳学園では小学校から続ける剣道で汗を流し、卒業後には舞台関係の仕事に就いた。現場で松山千春さんなど当時の大スターたちを目の当たりにして「自分も歌手に」という思いが改めて燃え上がった。

 ♪忘れはしないよ友人との絆 報徳街道一緒に歩いてた

 19歳の時、大阪で歌手の原田信夫さんに弟子入りし、デビュー。1995年1月、人の縁に恵まれ、東京の事務所に所属することになった。事務所の社長と面談して上京が決まり、新幹線で帰宅した翌日、阪神・淡路大震災が起きた。

 故郷は見る影もなくなり、実家も全壊した。「こんな状態では上京は無理か」と歌手への道を諦めかけたが、母親に「夢を諦めずに行きなさい」と背中を押された。そこから事務所の倒産でホームレスを経験するなど、いくつもの壁を乗り越えて歌手を続けてきた。

 ♪自由に生きて 勇気の大切さを あの人は教えてくれた

 ある日、報徳学園のOB会「報友会」のメンバーに声をかけられた。「報徳の歌を作らないか」。即決で承諾した。OBらから学園での思い出やメッセージを募り「パズルのようにつないで歌詞を作っていった」

 2014年に曲が完成し、OB会や報徳学園の学園祭で披露すると好評だった。歌詞には登下校や部活、友人や恩師との出会いを盛り込んだ。元プロ野球選手の金村義明さん率いる野球部が、1981年に全国優勝した時の思いを「栄光の階段を信じて歩いた」という言葉に込めるなどした。

 ♪俺たちの報徳は 俺たちの報徳は 今も心にある

 サビで何度も繰り返される「報徳はいつも心にある」。歌手を続ける中で壁にぶつかるたび、学園生活を思い出して乗り越えたという西岡さん。

 「今の生徒には『学園での経験は絶対に無駄にならない』と伝えたい。コロナで大変な思いをしている人たちにも『諦めずにいこう』という前向きな思いを込めた」と話す。

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