2025年の大阪・関西万博を控え、観光需要に湧く淡路島で民泊施設が急増している。一方、住宅地での民泊営業による騒音やゴミなどを巡るトラブルで、住民の生活が脅かされるオーバーツーリズム(観光公害)が顕在化。住民は治安の悪化を懸念するが、行政などの対策は追いついていないのが現状だ。(荻野俊太郎)
■新設ラッシュの背景
民泊は、自宅の一部やマンションの空き部屋などに、観光客を有料で泊めるサービス。開業には旅館業法か、18年に施行された住宅宿泊事業法(民泊新法)に基づいて県に届け出る必要がある。
島内の宿泊施設を管轄する県洲本健康福祉事務所によると、旅館業法で営業する民泊やホテルなどの宿泊施設は、19年度の316件から23年度は531件に。およそ200件が新設されたが、担当者は「増えているのはほぼ民泊」と説明する。営業日数などの制限がある民泊新法に比べ、制限の緩い旅館業法での申請が多いという。
そもそも18年に旅館業法が緩和され、オンラインで宿泊者の本人確認ができれば、施設の無人管理も可能になったことも大きい。立地は農村部から住宅地まで幅広いが、多くが民家を利用した小規模なものという。民泊新法を使った開設もこれまでに24件ある。
■深夜の大声、たばこの吸い殻…
施設の増加と比例するように、住民とのトラブルも生まれ、観光振興の両立が課題となっている。
洲本市内の閑静な住宅街では、20年に一軒家を使った民泊が開業して間もなく、近隣住民の懸念が的中した。
宿泊者の深夜の大声で、睡眠を妨げられる▽駐車場に勝手に車を止められる▽バーベキューの煙が近隣まで立ちこめる▽たばこの吸い殻が庭に投げ込まれる-。
住民たちは警察に通報したこともあるといい、近くに住む女性は「もともと旅館が多い地域だが、これまで住宅街に観光客が入ってくることはなかった。また何かされるのではと心配で、(観光客が来る)週末が来てほしくない」。
別の80代の女性も「マナーを守って楽しむなら良いが、そうではない。付近は空き家も多く、今後もこういう施設ができるのでは」と不安を隠さない。
■運営事業者の対応は
この民泊は、管理者が施設内に無人で、住民側は開業前から説明会で「無人運営でトラブルに対応できるのか」「誰かが来るたびにバーベキューをして騒ぐのは生活に影響する」などと疑問をぶつけていた。
だが事業者は「状況を見ながら対応を取る」などと返答し、折り合いはつかなかったという。
トラブルを受け、市や町内会は、民泊利用者にマナー面の注意を呼びかける看板を設置。住民も独自に看板を置き、利用者を見かけたら声をかけるなどの対策を取った。
しかし今年6月には、施設の関係者が、住民が設置した看板を壊すなどし、警察ざたに。住民の男性は「業者もその場しのぎの対応しかせず、根本的な解決に至っていない。住民には、施設があるメリットは何もない」と憤る。
施設を運営する大阪市内の会社は、神戸新聞社の取材に「(住民からの)苦情は把握しており、要望には最大限配慮している」と説明。「騒音に関しては、利用客にマニュアルや掲示で注意喚起し、(住民向けの)苦情窓口を設けて連絡があれば客に注意している」とする。
バーベキューについても「禁止の要望を受けることはある。実施時間の制限や、煙を抑える電気式グリルの導入を進めている」と答えた。一方で、看板を壊したことについては「回答を差し控える」とした。
■寄せられた苦情に警察や行政は
警察や行政も対応に苦慮している。洲本署によると、民泊を巡る苦情は主に学生など若者グループが宿泊している時に多く、内容は騒音やゴミ出しなど多岐にわたるという。同署は「開業時に業者と住民の合意形成ができていないことが問題だ」と指摘する。
また、県洲本健康福祉事務所に寄せられる苦情も、旅館業法が改正された18年以降、増加傾向にあるという。
しかし、同法は施設の衛生環境確保を主な目的とし、近隣トラブルを理由に行政が許可を取り消すことはできない。
民泊新法で義務化されている説明会も、旅館業法では開催の必要がない。県は同法で申請してくる事業者にも説明会を開くよう呼びかけているが、実効性は乏しい。
担当者は「事業者には、誠実に対応してほしいとしか言えないのが現状」と頭を抱えている。
■住環境の保全と観光の両立、宿泊ルールの厳格化必要
民泊の近隣トラブルについて、中央大学の薮田雅弘名誉教授(70)=観光経済学=は「住宅宿泊事業法や旅館業法は努力義務のような表現が多く、事業者へのガイドラインとして問題がある」と指摘する。
「民泊のシステムに慣れているインバウンド(訪日客)が増えることで、今後も民泊の利用は増えるだろう」と薮田教授はみる。大阪・関西万博の期間中には、350万人が会場を訪れるという試算があり、そのうち一定数が淡路島を訪れる見込みだ。
民泊は近年の観光振興に欠かせない一方、オーバーツーリズム(観光公害)が深刻化する京都市では、交通機関が麻痺して観光客と住民の双方が不満を募らせたり、宿泊施設の乱立で地域コミュニティーが喪失されたりといった問題が生じているという。
「住環境の保全と観光を両立するには、宿泊ルールの厳格化が必要。淡路島では、島内の3市が連携して法律に上乗せし、受け入れる側としてしっかり管理することが大切だ」と薮田教授は言う。
「官民が話し合ってルールを決め、確認し合いながらより良い宿泊環境を作ることは、長い目で見て島の観光にプラスになる」と提言する。