尼崎JR脱線事故で大破した1両目から22時間後に救出された林浩輝さん(40)は、クラッシュ症候群で瀕死の状態だった。「がれきの下の医療」で命の灯を守った医師中山伸一さん(71)、救急救命士片山朗さん(54)らの証言を基に緊迫の救助状況をたどる。(金海隆至、田中伸明)

2005年4月25日午後5時半ごろ。尼崎市の事故現場から兵庫県災害医療センター(神戸市中央区)に帰着した医師らが活動状況を報告中、再びドクターカーの要請が入った。
「1両目に数名の生存者が確認され救出困難」-。事故発生から約8時間が経過していた。
「まだ生存者がいたのか」。情報指令センターに衝撃が走る。阪神・淡路大震災でクラッシュ症候群の治療を数多く経験した中山さんが出動することになった。戻ったばかりの片山さんも志願して同行した。

■正座した状態























