スリーマイルアイランド原発2号機の原子炉建屋(中央奥)と建屋につながる廃炉作業用のハッチ=4月、米ペンシルベニア州(共同)
 スリーマイルアイランド原発2号機の原子炉建屋(中央奥)と建屋につながる廃炉作業用のハッチ=4月、米ペンシルベニア州(共同)

 1979年に米スリーマイルアイランド(TMI)原発2号機で起きたメルトダウン(炉心溶融)事故は、原発推進の流れに影を落としてきた。47年たった今も約1トンの溶融核燃料(デブリ)が残る2号機の構内に、共同通信記者が入った。遠隔でデブリ除去を進め、東京電力福島第1原発廃炉の「手本」とされる。

 4月、二重のゲートをくぐり、2号機の原子炉建屋近くの敷地に徒歩で入ると、複数の仮設事務所が建っていた。デブリが残る原子炉建屋内の放射線量は一部では毎時数十ミリシーベルトに達し、防護服を着ていても数時間の滞在で年間被ばく限度を超える。

 福島の事故では溶けた核燃料が原子炉圧力容器を貫通する「メルトスルー」が起きた。デブリの総量は推計880トンに上る。一方、メルトダウンから比較的早く核燃料を冷却できたTMIでは圧力容器の損壊を免れた。冷却と放射線遮断のため圧力容器内に水を張り、上部から掘削機を挿入するなどして、核燃料約130トンのうち溶けて固まったデブリを含む99%を90年までに取り出した。