中国北京市の第2中級人民法院(地裁)は、2023年3月に北京で拘束されたアステラス製薬の60代の日本人男性社員が「スパイ活動をした」と認定し、懲役3年6月の実刑判決を言い渡した。日本側は早期釈放を求めており、改善基調にある日中関係に亀裂を生じさせかねない。
日中関係筋によると、男性社員は情報機関に中国の国内情勢に関わる情報を提供し報酬を得ていたとされるが、裁判では起訴内容の詳細は明らかにされなかった。判決公判の傍聴を許された駐中国大使は中国側の司法手続きについて「透明というレベルではなかった」と批判した。
問題なのは、罪を認めれば刑を軽くする「司法取引」が水面下で成立していた疑いがあることだ。
18年に中国で施行された改正刑事訴訟法の規定に基づく措置とみられるが、公判などで被疑事実を明確にしないまま被告に司法取引を持ちかける対応は異様と言わざるを得ない。中国には男性社員のほかにもスパイ行為などを理由に実刑判決を受けた日本人4人が拘束されている。早期釈放を求めたい。
習近平政権は14年に反スパイ法を制定し、適用範囲を拡大させる23年の改正を経て、24年7月には当局にスマートフォンやパソコンの検査権限を与える規則も施行した。
「国家安全」を最重要視する強権姿勢の表れとされるが、違法行為の定義はあいまいで恣意(しい)的な運用への懸念は強い。近年は中国の在留邦人数や日本からの投資、企業進出も減り続けている。
中国側は判決前に「過去の判決に比べ厳しいものにはならない」と日本側に通告したとされ、政治的な決着を図ろうとした可能性がある。
しかし、不透明な司法取引の結果を外交カードに使い、幕引きを図ろうとする姿勢は不誠実極まりない。在留邦人らには依然として「何をすると罪に問われるか分からない」との不安が根強い。
中国は対米関係の悪化を踏まえ、日本産水産物や牛肉の輸入再開など日中関係改善に向けた動きを見せる。日本からの企業進出も歓迎すると強調するが、自国の都合次第で対応を変えるようでは経済界の警戒心を解くのは難しい。
トランプ米政権が極端な自国優先主義により国際社会での地位を大きく低下させる中、中国は影響力の拡大を狙っている。一方で南シナ海や尖閣諸島周辺などへの強引な海洋進出を繰り返すなど、国際ルールを軽視する姿勢が甚だしい。
国際社会から真の信頼を得るには名実ともに法治国家に成長する必要がある。不透明な司法手続きを廃し「法の支配」の原則に従うべきだ。