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 高市早苗首相は4月の自民党大会で、来年の党大会までに憲法改正原案の発議にめどを立てると表明した。衆院で自民が定数の3分の2超を占める今、少数与党の参院でも野党を含め3分の2以上の改憲勢力をまとめれば可能になる。だが、首相が言う「時は来た」のだろうか。

 世論調査で改憲の賛否は分かれるが、多くの人が幅広い合意形成を求めている。憲法を変えるかどうかを最終的に決めるのは国民投票だ。政権が数の力で憲法を変えようとする動きは止めなければならない。

 憲法を変えるとはどういうことなのか。「その時」が来ても悔いのない判断をするために、私たちの憲法を知ることから始めよう。

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 首相は党大会で、憲法は「どのような国をつくり上げたいのか、理想の姿を物語るもの」とし、「私たちの物語を、理想の国を、国民に堂々と問おう」と述べた。しかし、憲法は国民が国家権力の暴走を縛るためにある。それが民主主義国が共有する「立憲主義」の定義である。間違っても、国家が描く理想に国民を従わせるためのルールではない。

■立憲主義への無理解

 昨年11月の衆院本会議では「内閣も憲法改正の原案提出は可能」と答弁し波紋を呼んだ。改憲原案を内閣が提出できるかの論争は専門家の間でも決着していない。ルールに縛られる側が変更を提案できるとの見解を首相自ら明言するのは異例だ。

 いずれも立憲主義の本質を理解しない発言であり、首相の憲法観には疑問を抱かざるを得ない。

 憲法の理念は国民主権、基本的人権、平和主義に集約される。では、首相は憲法を変えて、どんな理想の国を実現しようとしているのか。

 選択的夫婦別姓制度を封じ込める旧姓使用の法制化、インテリジェンス(情報活動)強化に向けた国家情報会議の創設など、首相がこだわる政策は国民の自由と権利を制約しかねないものが目立つ。通常国会冒頭の衆院解散と戦後最短の選挙戦、予算案の強引な審議日程などからは、国民の代表である国会での熟議を軽んじていることがうかがえる。

 こうした政治姿勢を見る限り、首相が求める改憲は、憲法の理念や存在意義を根こそぎ変えてしまうのではないかとの懸念が拭えない。

 特に首相が重視する安全保障政策の転換は、空文化が進む平和主義に致命的な傷を負わせる恐れがある。

 戦力不保持をうたう憲法9条の下、歴代政権は集団的自衛権の行使を認めない1972年の政府見解を維持し、安保・防衛政策に歯止めをかけてきた。だが、第2次安倍政権以降、ハードルの高い改憲の手続きを踏まず、政府による「解釈変更」や閣議決定だけで政策を転換し、実質的な歯止めは後退し続けている。

 安倍政権は2014年、9条の解釈変更で集団的自衛権の行使を限定的に認め、15年には国会周辺を反対デモが取り巻く中で安保関連法を成立させた。岸田政権は22年、安保関連3文書を策定し、他国のミサイル基地などを破壊する反撃能力(敵基地攻撃能力)の保有を認めた。

 高市政権は今年3月、武器輸出のルールを緩和し、殺傷能力のある戦闘機などの輸出を解禁した。さらに安保関連3文書の改定を急ぎ、防衛力の増強に突き進む。日本が提供した武器が命を奪い、海外に派遣された自衛隊員らを危険にさらしかねない。高市首相は、そのリスクを現実のものとして直視するべきだ。

■一人一人の声を形に

 与野党でつくる憲法審査会で、自民と日本維新の会の与党は、主に「自衛隊明記」と「緊急事態条項」のための改憲を主張している。

 9条に自衛隊の存在を明記することで違憲論に終止符を打つのが主眼というが、国民の多くは既に自衛隊を違憲の存在とは見ていない。あえて改憲の手続きを踏む必要があるのか。大災害などの緊急事態時に「国会議員任期延長」と「政府の緊急政令」を認める改憲案は政権与党による権力乱用の恐れを排除できない。いずれも慎重な検証が不可欠だ。

 国会を取り巻く改憲反対のデモは自民が圧勝した衆院選直後から回を重ねるごとに参加者が増え、4月には47都道府県の200カ所以上に広がった。呼びかけ人のeriさんはオンライン集会で「一人一人の声を形にして、無視できないぐらい大きくしたい」と話した。

 憲法は国民のもの。変えるなら一人一人の権利と自由を守るために。いつか訪れるであろう、初めての国民投票に備え、私たちはもっと憲法を知り、語る必要がある。