遠くに富士山が見える。師走の空気が冷たい。私たちは神奈川県藤沢市にある集合住宅「パークサイド駒寄」を訪れている。小規模多機能型居宅介護事業所「ぐるんとびー駒寄」が入る団地だ。
6階の一室で11月末、認知症の女性とシングルマザーの親子とのルームシェアが始まった。
玄関を入ってすぐの部屋をのぞくと、田中道代さん(87)=仮名=がテレビを見ていた。若い頃の話を少しする。「銀座にいたのよ。これがいいからね」。指で輪っかを作って教えてくれる。
東京で稼いだ後、藤沢で小さなスナックを営んだ。7年前に夫が亡くなり、古い一戸建て住宅に独りで暮らしていた。認知症の症状が現れたのは3年ほど前のことだ。
◇ ◇
「ぐるんとびー」で働く孫娘(39)に話を聞く。
今年10月、道代さんは台風19号の直撃に備え、娘夫婦のマンションに避難する。「でも台風が去った後も『帰りたくない。独りだし』と言って…」。体調を崩したこともあり、「ぐるんとびー」の宿泊を利用することにした。
さて、どうするか。娘夫婦と同居するにはマンションは手狭だ。道代さんが暮らしていた家で、となると改修費用がかさむ。特別養護老人ホームは待機者が多く、サービス付き高齢者向け住宅は月20万円ほどかかる。「祖母の年金は月12万円で、それ以上になると両親の老後が不安になってしまうんです」
そこへ舞い込んだのが、吉岡史絵さん(47)と息子の伊織君(9)とのルームシェアの話だ。「10回転んだら、5回見つけてくれればいい」と孫娘は言う。家賃の負担は道代さんの方が多いものの、ありがたい話だった。
◇ ◇
私たちはリビングに移り、史絵さんと伊織君の話を聞くことにする。ここに来るまでは自然豊かなところに住んでいたそうだ。「今度は人間関係にどっぷり、はまってみたくて」と史絵さんが笑う。
道代さんとは別々のスペースを使っているが、お互いの気配は感じる。「朝方や深夜にテレビの音が聞こえたりして、人がいるっていう感じがします」と史絵さん。
「伊織も、家帰って1人より、道代さんがいる方がいいでしょ?」
「うん。楽しい」
どんな暮らしが待ってるのだろう。共同生活は、まだ始まったばかりだ。
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