電車を取るために大勢の人が… ※画像はイメージです(toshi007/stock.adobe.com)
電車を取るために大勢の人が… ※画像はイメージです(toshi007/stock.adobe.com)

Aさんは、鉄道の写真を撮ることに情熱を注ぐ「撮り鉄」です。その日も珍しい列車がいつもの撮影スポットである踏切を通過すると知り、姿を写真に収めようと愛用のカメラを手に急ぎました。

しかし、彼の高揚した気持ちは、現場に到着するなり冷や水を浴びせられます。Aさんと同じ目的で集まったであろう大勢の鉄道ファンが、すでに場所を確保し、三脚を立てる隙間もないほどだったのです。

いよいよ列車がやってくる時間が迫り、Aさんは焦りだします。このままではせっかくの列車が撮影できません。どうしても写真を撮りたかったAさんは、遮断機をくぐり抜け、線路内へと足を踏み入れようとします。

その後、Aさんの侵入に気づいた人の知らせによって列車は緊急停車します。幸い、列車がAさんに接触することはありませんでしたが、運行の妨げになったことは否めません。このような踏切内への侵入行為は、一体どのような法的責任を問われるのでしょうか。まこと法律事務所の北村真一さんに聞きました。

■「鉄道営業法違反」や「威力業務妨害罪」に問われるおそれ

ー遮断機が下りた踏切内に立ち入る行為は、どのような罪に問われますか

まず、最も直接的に適用されるのが鉄道営業法です。同法第37条では、正当な理由なく鉄道地内に立ち入ることを禁じており、違反した場合は科料に処せられます。科料の額は古い法律のため10円以下と定められていますが、罰金等臨時措置法により1万円未満となります。

また、自動車や歩行者が遮断機が下りている踏切に入ることは、道路交通法第33条で禁止されており、「遮断踏切立入り」という交通違反になります。

もし立ち入り行為によって列車を停止させたり、駅員の業務を妨害したりした場合は、刑法第234条の「威力業務妨害罪」に問われる可能性があります。この場合の罰則は「3年以下の懲役または50万円以下の罰金」と、格段に重くなります。

ー「往来危険罪」はどのような犯罪で、どれほど重い罰則が科される可能性がありますか

「往来危険罪」は、刑法第125条に定められており、線路に物を置いたり、その他の方法で汽車または電車の往来に危険を生じさせた場合に成立します。罰金刑はなく、「2年以上の有期懲役」が科されます。実際に事故が起きなくても、危険を生じさせただけで適用される「具体的危険犯」と呼ばれるものです。

ー撮り鉄の迷惑行為で実際に逮捕・起訴されたりした事例はありますか

走行中の電車を撮影するために線路内に立ち入ったとして、鉄道営業法違反の疑いで書類送検されたケースはたびたび報告されています。また、撮影場所を巡るトラブルから他の撮り鉄に暴行を加え、傷害罪で逮捕された少年もいます。

刑事罰とは別に、列車を遅延・運休させてしまった場合には、振替輸送にかかった費用や遅延による運賃の払い戻し費用、車両の修理代を鉄道会社から損害賠償請求される可能性があります。

これは撮り鉄ではありませんが実際の事例として、認知症の方が線路内に立ち入り、電車と衝突したケースでは約719万円の損害賠償請求訴訟を提起に至ったケースは存在しています。

「良い写真を撮りたい」という純粋な気持ちが、結果として刑事罰を受け、一生をかけて償うほどの高額な賠償責任を負うことにもなりかねません。ルールとマナーを守って、安全に鉄道撮影を楽しむことが何よりも大切です。

◆北村真一(きたむら・しんいち)弁護士 「きたべん」の愛称で大阪府茨木市で知らない人がいないという声もあがる大人気ローカル弁護士。猫探しからM&Aまで幅広く取り扱う。

(まいどなニュース特約・長澤 芳子)